三谷幸喜さんの新作舞台『不信~彼女が嘘をつく理由~』を観に遠征観劇してきました。
三谷さんの舞台作品は基本的に好きなのですが、東京での公演しかないということだったので行くかどうかは実はギリギリまで悩みました。なのでチケット先行にも参戦しなかったのですが…運良く譲ってくれる方がいたこともあり思い切って行ってしまいました(日帰り)。
何年ぶりだっただろう、池袋の東京芸術劇場に行くの。
観劇にハマったばかりの頃はよく訪れていましたが、引っ越してからはずいぶんとご無沙汰になってしまった。ちなみによく行ったのは一つ上に上がった中ホール(今はプレイハウスというそう)。座り心地もいいし見やすかったこともあって好きな劇場でした。この時期は内野聖陽さん主演の『ハムレット』を上演しているようでした。上のプレイハウスに家康さんがいて、シアターイースト(地下)に信尹叔父上と、滝川一益さんがいるとは…芸術劇場がちょっとした『真田丸』ワールドになってるって思ってしまった。
以下の感想はネタバレを含んでいます。2017年4月時点でまだご覧になっていない方はご注意を。
2017.04.13マチネ公演 in シアターイースト(池袋)
キャスト
- 段田安則
- 優香
- 栗原英雄
- 戸田恵子
今回の作品にはそれぞれの役名は付いていません。段田さんと優香さん、栗原さんと戸田さんがそれぞれ夫婦という設定で物語は展開します。
かつては小ホール1という劇場だったと思います。私が知っている雰囲気とはずいぶん様変わりして明るい感じになってました(改装前は暗いイメージだったので)。
全体感想
久し振りに三谷さんの舞台作品を観ましたが、やっぱりすごく面白かったです。大河ドラマ『真田丸』も基本面白かったんだけど、個人的には時代劇にあまり三谷流の面白味を入れてほしくないっていうのがあって微妙な想いを何度かしてしまったのですが、今回のは文句なく堪能できた舞台でした。
ただ一点、個人的にちょっと残念だと思ったのが座席配置。シアターイーストは300人弱ほどの小さな劇場で座席位置を変えられる構造になっているそうで、今回はステージを真ん中に両脇から客席が挟むような形式になっていました。
始まる前と休憩中はどの出入り口も使えますが、舞台が始まったら役者出入り口になっている横の部分は使えなくなってました。
こういう構造だったので、客席はどちらも横に長く縦に短い感じ。一番後ろでも前から5番目か6番目くらいでステージとの距離はすごく近かったんじゃないかと思います。ちなみに私はアルファベット後半だったにもかかわらずものすごい前の方の席で役者さんたちがえらい近かった。また、ステージを挟む形での客席配置だったので客席が向かい合うようになっていて…これ、有名人とか目の前に見えたら気が散っちゃうんじゃないかと余計な心配もあったり(笑)。実際のところ、私が観劇した日は誰も見受けられなかったし…いたとしてもストーリーが面白かったのでステージに集中できたのでよかったんですがw。でも翌日に某熱烈応援してる方が来ていたと知ってwwもし真向かいに見えてたら多少なりとも落ち着かなかっただろうなと思わなくもなくホッとした次第です。
で、この配置の何が気になっちゃったかというと…役者の顔がこちら側にないシーンも多々あったことでした。一方のサイドから見る形になっているので、反対側を向いているシーンになるとその人物の背中しか見えない状態となり表情が分かりません。こちらを向いてくれるシーンは間近にその表情が見えるので良いのですが、反対を向いているときの表情もやはり一観劇者としては見たいって思っちゃうんですよね。
複数回、違う場所で見れる人は違った視点から見えるという点でも楽しめると思うのですが、私のように一度しか観れない人はその1回だけがすべてなわけで…そのあたりはちょっと不親切かなと感じてしまいました。まぁ、横向き舞台だからこその面白さっていうのはあったんですが、でも、観る者均等に役者さんの表情は見せてほしいかなぁ…。
気になったのはそのくらいで、ストーリー的にはちょっとサスペンスっぽくて観る者をグイグイ惹きつけるものがありとても面白かったです。ちょいちょいクスっと吹き出しちゃうようなシーンもあったりするので、ゾワっとした感覚に陥りながらも重くならずに見れてしまう、みたいな。三谷さん的にはあまりこれまでなかったサスペンスちっくなストーリーだったと思いますが、ストーリー展開の持っていき方とかはさすがだなぁと思いました。
話が進んでいく中でクライマックスに向けた伏線みたいな会話もポンポンと挟んでいるのですが、これがけっこう分かりやすい(笑)。なので見せ場に来た時に「そんなくだりあったっけ?」みたいに思うことがなかったのが良かったなぁと。どちらかというと、「あぁ、やっぱりそうだったのか」といった一種の爽快感みたいなのがあったかもしれません。ラストシーンはゾクっとさせられましたけどね。
『不信』というタイトルからして、今回のストーリーが「訳あり」なんだろうなっていうのが想定できる。しかもポスターやフライヤー見るとタイトルが鏡に映した逆文字みたいになっているというのがまた深い。
「不信」という言葉の意味を調べてみると、”長い時間積み重なった「信用できない」状況”とあります。それは特別なことじゃなくて、日常のちょっとした暮らしの中で誰もが一度は感じたことのある感情ではないでしょうか。今回の舞台で、それぞれの人物が疑心暗鬼になっていく様子を見てドキリとしてしまう瞬間が何度かありました。そのたびに、三谷さんは本当に”人”に興味を持ってよく観察してるんだなと思ってしまいました。
ある二組の夫婦が出会いから始まる物語。最初は良好な印象があったものの隣人に対する違和感はぬぐえなかったある年の差夫婦(段田さん&優香さん)。やがて若い妻(優香さん)が衝撃的な隣人の妻(戸田さん)の行動を目撃したことで一気に「不信」感が芽生えていく。不審に思いながらも上辺では何食わぬ顔で探るように隣人の妻(戸田さん)に接近していく若い妻(優香さん)。妻(戸田さん)の行動を知りながらも愛情ゆえに秘密にしておきたい夫(栗原さん)は隣の夫(段田さん)にある交渉をする。
それぞれが、ある「秘密」を抱えていることでお互いに「不信」感を募らせていく過程が観ていて何とも言えずハラハラさせられました。やがてそれがとんでもない悲劇につながっていくわけですが、そのあたりの持っていき方も実に絶妙で面白かったです。
それから、椅子の動きのみで場面転換を見せるという演出もアナログ的ではありながらもなかなか斬新でした。これまで一つのシチュエーションの中で起こるドラマを描くことが多かった三谷さんには珍しい試みだったのでは。
セットは両脇に固定されて動きがないのですが、舞台中央の椅子が左右に変則的な動きをするたびにシーンが変わるのが分かるようになっていました。一見単純な椅子の動きではありましたが、それだけでも見え方がずいぶん変わるんだなぁと…ちょっと目から鱗でしたね。
栗原さんと戸田さん夫婦が飼っていた犬の「オサムシ」。この犬の設定が何だか三谷さんらしいなと思ったわけですが、物語の重要なカギにもなっていたように思います。ぬいぐるみでの登場でしたけど、なんだか本当に存在してるみたいでちょっと不気味でした。
「オサムシ」ってネーミングがまた独特ですよね。手塚治虫の名前の由来になった虫で危険を感じたときなどに異臭を放つらしい。それを犬の名前に持ってくるとは。
ほかにもちょいちょい気になるシーンが色々(マグロの頭とかw)。それだけ想像力を掻き立てられる面白い舞台作品でした。
キャスト別感想
段田安則さん
どこにでもいそうな、ちょっと情けないカッコ悪い系の旦那さんを演じた段田さん。もうそのお芝居が実に自然で巧いなぁと思いました。三谷作品の中に出てきがちなキャラではあったんですけど、ただ若い妻に振り回されてアタフタしているだけではない、実は心の底に黒い感情もあったりする難しい役どころ。その黒さをチラっチラっと見せてるあたりがなんとも絶妙で見ごたえがありました。
優香さんが演じる若い奥さんに翻弄されて、結局は損な役回りになっちゃう風な芝居がすごく面白かったんですが、表情も漫画チックで楽しませてもらいました。特に冒頭で、オサムシの臭いにやられて露骨に顔をゆがめながら何度も窓を開けるシーンが最高w!!段田さんも三谷作品には欠かせない役者だなぁって思いました。
優香さん
三谷作品の舞台で優香さんを観るのは「酒と涙とジキルとハイド」以来2度目。確かあの時は初舞台で、すごく頑張って熱演していたんだけど後半ちょっと喉を潰しかかってしまったのが残念だったなと思っていました。めっちゃテンション高い役でしたからね。
でも、今回は堂々としていて三谷舞台にすっかり馴染んでいるように見えてすごく良かったです!この作品の中でも登場人物の中では一番テンションが高い役だったと思うのですが、持っている顔の切り替えの芝居がとても印象的でした。段田さん演じるダンナの前では常に上から目線で面倒なことはすべて押し付けてしまうような傲慢さがあるんだけど、小悪魔的な可愛さも滲んでいてイラっとくるんだけど憎めない(笑)。戸田さん演じる奥さんに対しては常に良い顔をしてヨイショしまくったりしてるんだけど目が笑ってない怖さがある。この二面性が観ていてゾクっとさせられ印象的でした。
あと、衣装のワンピースが可愛くてよく似合ってました。
栗原英雄さん
大河ドラマ『真田丸』で初めて三谷作品に参加した栗原さん。栗原さんといえば私は劇団四季時代にミュージカルをやっている姿の方が印象的だったので、テレビでお芝居している姿はとても新鮮でした(呼ばれるきっかけとなったというミュージカル・タイタニックも素晴らしかった)。初めてのテレビドラマ出演とは思えない落ち着いた堂々とした振舞いっぷりにはビックリさせられたものです。そんな栗原さんが今度は三谷さんのストレートプレイの舞台に出るということで…これが遠征の大きな原動力となりました。いやだって、見てみたいですよ、やっぱり・・・栗さんの三谷舞台でのお芝居がどんな感じなのか。
まず一言、あまりに三谷ワールドに違和感なく収まっていたことに驚き感動しました!これまでの三谷作品の舞台では栗原さんの雰囲気のキャラってあまりいなかった気がするので、どんなふうに見えるのか最初はちょっとおっかなびっくりみたいなところがあったのですが…ものの見事にハマっててビックリしました。硬派で最初の方は4人の中では一番要注意人物っぽい空気を醸し出しているのですが、なんていうのかなぁ…ストーリーの中にしっかりと根を張ったかのような絶妙な安定感があるんですよ。そんななかで、話が進んでいくうちにポロッポロッと自分を支えていたものが隣の夫婦と関わる中で少しずつ崩壊していく。ゆっくりと、でも確実に行ってはいけない方向に進んでいく難しい人物を、栗原さんは堂々とした立ち居振る舞いで完璧に演じていました。見ていて、三谷さんがこうしてほしいと望んだ人物をものすごく忠実に再現してる…ってすごく思ったんですよね。
クライマックスシーンでの独白はものすごく刺さりました。栗原さん演じる夫が語る言葉の一言一言がストレートに観る者の心に確実に沁みこんでいく。それは突然の出来事ではなかったんだということが納得できるからこそだと思いました。あのセリフの説得力も本当に素晴らしかったです。
後日新聞のコラムで「大丈夫、栗原英雄がいる」と書いていた三谷さん。私が感じたことと同じようなことを綴られていて思わず納得してしまいました。きっと今後の三谷舞台にも呼ばれるんじゃないかな。その時はどんなキャラを演じてくれるのかすごく楽しみです。
戸田恵子さん
今回のストーリーの中で一番のキーになった人物を演じたのが戸田さんでした。もう、登場した時から「どこか普通じゃない」感があって目が離せませんでしたね。人前に出ると笑顔を向けているのですが、その眼はどこかうつろで笑っていないし話が進んでいくにつれて狂気の色を強くしていく。
印象的だったのが「声」です。あの年齢不詳とも思える高めで少女のような色すら感じさせる声の出し方が絶妙でかえってそれが「妻」の異常性を際立たせているように思えて何度もゾクッとさせられました。少女のような幼い一面を出したかと思うと、意にそぐわない出来事があると突然太い声になり相手を威嚇する。こんなにと絶対近くにいてほしくないッ!と思わせるリアリティがありました。こういう細かいお芝居が本当に戸田さんは巧いなと。
クライマックスで、栗原さんの後ろに子供のようにちょこっと顔を出すシーンがあるんですけど…あれもかえってホラーちっくでしたね。いろんな場面でゾクっとさせてくれた戸田さんのお芝居に拍手です!
後述
たま~にハズれだったなと思うこともあるんですけど、今回の『不信』はとても楽しめました。2か月公演していてくれたおかげで遠征することもできたし、観れてよかった!
三谷作品はいつもWOWOWが放送してくれることが多いのですが、今回はカメラ入ったのかな?小さめの劇場だったから難しかったかも?できればもう一度映像で見てみたい。そうそう、今回は音楽もすごく印象的だったんですよね。のっけから軽やかなのに下がる旋律が不穏な空気を醸し出していて『不信』の世界観を盛り立てていたように思います。
今回新たなチャレンジをしたという三谷さん。次は洋ちゃんを迎えてのまた新しい作品が決まっているとか。NACSのファンクラブ抜けてしまいすっかりチケット取り損ねちゃって、今度は断念せざるを得ない状況なのでw…その次に期待したいと思います。
三谷さんは基本、やっぱり舞台作品が一番しっくりくるかな。
長期間の公演、カンパニーの皆様お疲れ様でした。