ミュージカル『ルードヴィヒ~Beethoven The Piano~』2022.11.17マチネ

ミュージカル『ルードヴィヒ』を観に大阪遠征してきました(ちなみに前日はオリックス劇場でキンキーブーツ観てますw)。

人気俳優の中村倫也くんが主演ということもあってチケット入手困難となっていた今回の舞台。彼のベートーヴェン役はハマる予感しかなかったので早くからサイトをチェックしてチケット戦線に参戦していた私。その甲斐あってか、奇跡的に抽選先行を勝ち抜き観に行くことができました。しかも座席番号観たらかなりの前方席でこれまたビックリ!なんとしても観に行きたいと思っていたので、無事に上演されて本当に良かったです(ここ最近はコロナ禍の影響の煽りを受ける作品が多くなってきたので遠征者としては特に戦々恐々です 汗)。

グッズ販売は絶対混雑するだろうなと覚悟していたのですが、チケットを持っていなくても指定時間に行けばグッズだけ購入できるというお知らせを目にしまして。ちょうど前日から大阪入りしていたことが吉と出てほとんど並ぶことなく希望のグッズを購入できたのはラッキーでした。特に、大阪公演から販売が始まった”写真集”をゲットできたのは嬉しかったです。
ちなみにDVDの予約も可能になっていましたが、こちらは予約が始まった日にネット注文していました。DVDは受注生産となるようなので、興味がある方は早めにサイトから予約購入したほうが良いと思います(2022年11月現在の情報です)。

事前に購入できていたので劇場には余裕を持って行くことができました(グッズ販売は会場の1時間前くらいから始まっていたようなので)。が、パンフレット引き換え特典の列が長蛇の列になっていてビックリ(←私はパンフ付きチケットだった)。グッズ売り場ほどではないにしても階段下まで行列ができるほどの盛況っぷりで、改めて今回の作品の人気度の高さに驚かされたのでした。パンフ引き換えてお手洗いに行ったらけっこうギリギリの着席になってしまった(苦笑)。倫也くん人気恐るべし!

ちなみに、この日は終演後に子役さんたちと演出の河原雅彦さんによるトークショーが行われる日に当たっていました。プラス200円をお支払いすると参加できるというもので、帰りの新幹線までかなり時間も余っていたので購入してみました。有料イベントなのでどこまでレポして良いのか分かりませんが(汗)、最後に概要だけでもちょこっと触れたいと思います。
でも、以前ならチケットさえ持っていれば終演後のトークは無料で参加できたのになぁ…。四季もイベントが抽選参加になってしまったし、それだけ演劇界が苦しくなっているということだろうか。

以下、ネタバレを含んだ感想になります。

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2022.11.17 マチネ公演 in シアター・ドラマシティ(大阪・梅田)

キャスト

青年ルードヴィヒ:中村倫也

マリー:木下晴香

ピアニスト:木暮真一郎

幼いルードヴィヒ/ウォルター/幼いカール:大廣アンナ

もう一人のルードヴィヒ/青年:福士誠治

キャストは5人のみ。音楽はピアノとヴァイオリンとチェロの3人体制による生演奏(ピアノは小暮くんが実際に演奏)。少数精鋭による舞台でしたが、その分非常に濃密で分厚い芝居を堪能できる作品となっていました。

幼いルードヴィヒはWキャストになっていて、今回は大廣アンナちゃんが演じていました(もう一人はPIPINにもキャスティングされていた高畑遼大くん)。女の子さんですが、言われなければわからないくらい”少年”になり切ってるのがすごいなと。
3役演じ分けなければいけないので子役さんにはけっこうハードルが高そうだなと思ったのですが、アンナちゃんはどれも違う色を出していてなかなか上手かったです。特にルードヴィヒに大きな影響を与えるウォルターは印象深かった。生意気なんだけどどこか放っておけない魅力があって、彼の存在がルードヴィヒの心の中で大きくなっていたというのも納得です。

ピアニスト役の小暮真一郎くんは大作ミュージカルなどにアンサンブルとしてよく出演しているミュージカル役者さん。5年前にはAdams(今はもう解散しちゃってるけど)のコンサートも観に行きました(当時のレポはこちら)。
いやぁ、まさか小暮くんの生演奏のピアノをミュージカル作品で聴けることになろうとは!手元が見えなかったので実際に弾いているのか最初は分からなかったのですが、しばらくして本当の生演奏だと知って驚きました。素晴らしいテクニック!ピアノを弾きながらお芝居するってものすごい技術がいると思います。パンフレットによれば、お稽古場でも彼が演奏していたそうですね。素敵な音色を堪能させてもらいました。”役者”としては出番は少ないのですが、最後の最後に”美味しい”場面があります。あれはちょっと鳥肌でしたね。ピアニストと役者の両面から小暮くんを堪能できて嬉しかったです。

概要とあらすじ

『ルードヴィヒ ~Beethoven The Piano~』は韓国発のミュージカルで2018年~2019年に初演されました。作・演出は『SMOKE』などを手掛けたチュ・ジョンファさん。ちなみに韓国版のタイトル名は「ルドウィク」だそうです。

日本版は2022年が初演。演出は役者でもある河原雅彦さんが担当されています。

簡単なあらすじは以下の通り。

残り少ない人生を前に書かれたベートーベンの1通の手紙。そして、その手紙が一人の女性の元へ届く。聴力を失い絶望の中、青年ルードヴィヒが死と向き合っていたまさにその夜。吹きすさぶ嵐の音と共に見知らぬ女性マリーが幼い少年ウォルターを連れて現れる。

マリーは全てが終わったと思っていた彼に、また別の世界の扉を開けて去っていく。新しい世界で、新たな出会いに向き合おうとするルードヴィヒ。
しかしこの全ては、また新たな悲劇の始まりになるが…。

<公式HPより引用>

上演時間は休憩なしの約2時間です。この作品は休憩を挟まないのが正解だったなと見終わってから実感しました。いったん止められるようなシーンがなかったなというか…、次から次へと気が抜けない場面が押し寄せてくる感じ。2時間通しで見てこそ完成される作品なのかもしれないなと思いました。

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全体感想

いやぁ…なんというか、終わってからしばらくは言葉が出てこなかったほどすごい舞台でした。圧巻…そして壮絶。韓国発のミュージカルは感情の起伏が激しい作品が多い印象があって、個人的にはどちらかというと苦手にしていました。が、これは今までとは一線を画しています。なぜそう思えたかと言えば、ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの半生が激烈なものだったという印象が強かったからです。

私が初めて購入したレコード(当時はCDがなかった 苦笑)は、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」でした。それを初めて聴いた時子供心にとても大きなインパクトを感じて、以来ベートーヴェン作曲の交響曲を何枚か購入して聴きまくっていたほどだった。未だにクラシックで一番好きな作曲家はと問われれば「ベートーヴェン」を挙げます(二番目はチャイコフスキーかな)。
さらに彼の人生についても後年少し興味が湧いてチラホラと伝記本を読んだり映画を観たりもしました。そこで受けた印象は、非常に感情の起伏が激しい人だったのだなということ。この作品はまさに「ベートーヴェンという人間」そのものだなと感じました。これでもかというほど表に感情を吐き出していくスタイルが韓国ミュージカルの色に合致していたような気がします。

物語は死を悟ったルードヴィヒが親しかった友人・マリーに宛てた手紙がピアニストから彼女の手に渡るところから始まります。彼女が手紙を読む間、ピアニストがベートーヴェンの曲を奏で続けているという演出スタイルも面白い。
いくつかミュージカルナンバーは登場しますが、どちらかというとあまり頭に残るようなインパクトはなかったかな。ドラマが進んでいく中でそれぞれの登場人物の感情が沸点近くまで達したところでメロディーが入ってくるといった感じ。聴かせる曲というよりも、台詞の一環として歌があるというか。作品全体としては”ストレートプレイ”を観たといった感覚のほうが強かったです。歌は登場人物の感情を伝える助けになっているといった印象で、たぶんこの作品はそれで正解なんだろうなと思いました。

手紙の冒頭では晩年のルードヴィヒが幼かった頃を回想するようなことが書かれている。最初のメインは福士くんが演じていましたが、客席の通路から登場してくるのがまた印象的だった(すぐ近くを歩いてきていたのでちょっとビックリした)。だんだん客席演出増えてきて表現方法が広がるのは嬉しいことです。
この幼い頃のエピソードが語られ展開していく表現がまたすごい。福士くんと子役のアンナちゃんによって演じられているのですが、途中から福士くんがルードヴィヒの父親になったり、はたまた幼いルードヴィヒを演じていたアンナちゃんが突然父親役に成り代わったり。すごい多面的に「ベートーヴェン」という人物を描いている演出が面白い。観ていて混乱することもなかったし。

子供時代のルードヴィヒは父親からの超スパルタな音楽の英才教育に大きな苦痛を感じていましたが、それと同時に達成できた時の悦びも知ってしまったエピソードも印象深かったですね。
普通だったらあんなめちゃくちゃな指導されたら脱走しそうなものですが、彼は音楽そのものを愛していたので続けられたんだなと。父親からは教育というよりも「飼育されていた」と語るルードヴィヒの言葉はショッキングですが、音楽の悦びを感じることができたのはある意味幸せなことだったのかもしれません。

そして故郷のボンを離れウィーンに活躍の場を移したところで倫也くん演じる青年ルードヴィヒが登場。手紙の文面を語っていた晩年ルードヴィヒを演じた福士くんはそれと同時にお調子者の貴族として登場。ここの役の切り替わりがすごい。
貴族が喜ぶほどの演奏家となったルードヴィヒでしたが、同時代に出現していた天才・モーツァルトの影に隠れるような形となっていて彼のプライドを傷つけることになる。でもそれ以上に作曲する喜びにあふれ次々に名曲を生み出していく。おそらくこの時代が彼の一番の青春であり幸せを感じる時だったのだろうなと思うと、この先の展開が見えるだけに切なくなってしまいました。

やがて彼の耳に異変が訪れる。耳鳴りのような違和感から始まり、ついには周囲の音をまともに聞くことすらできなくなってしまったルードヴィヒ。混乱と恐怖に怯え次第に精神的に追い詰められていく彼の姿は痛々しいという言葉では片づけられないほど辛い(涙)。神を呪いながらも必死に自分の状況に抗いながら作曲を続けようとしますが、ついにそれも限界を迎えることに…。
絶望に苦しみ蹲る青年ルードヴィヒの横で福士くんがもう一人のルードヴィヒ(晩年の姿)としてその心情を歌う場面は鮮烈でした。苦悩のダブルパンチ状態で、見ているこちらも息苦しくなってくるレベル。「なぜ神は自分に音楽の夢を見せたのだ」と呪いながら歌うルードヴィヒが哀しくて仕方なかった。

精神的な限界に達したルードヴィヒはついに自らの命を断とうとピストルに手をかける。その瞬間、突然少年が部屋に飛び込んできた。混乱し翻弄されるルードヴィヒの前にさらに見知らぬ女性が飛び込んでくる。それが、後に手紙を渡すことになる相手マリーだった。
マリーは耳が不自由なルードヴィヒに聴診器のような補聴器を渡し、ウォルターにピアノを教えてほしいと必死に頼み込みますが、ルードヴィヒはどうしてもそれに応えることができない。ウォルターの才能を認めながらも、聴力を失ってしまった自分と比較してしまってその気にならなかったのかもしれないと思うとすごく切なかった…。「辛いんだ」と俯きながら絞り出すように告げるシーンは観ているこちらも胸を締め付けられるような気持にさせられてしまって涙涙…。ウォルターに才能があるからこそ、自分では叶えられなかった音楽家になる未来が見えてしまったからこそ、彼は「辛かった」のでしょう…(涙)。

さらに絶望感を深めたルードヴィヒの元にマリーが「ウォルターが事故で死んでしまった」と告げにやってくる。ウォルターが音楽家になる道を閉ざしてしまった罪悪感が否応なしに押し寄せながらも、自分は悪くないんだという反対の気持ちも沸き起こり感情的にも破綻していくルードヴィヒの姿がもう痛々しすぎて見ていられなかった…。
そしてそんな彼を目の当たりにし複雑な想いでいるマリー。彼女は女性では厳しく狭き門である建築家を目指していてそれに邁進するとハッキリ告げてくる。その強さが逆にルードヴィヒには辛かったのではないかなと…。耳が聴こえなくなったことに怯え絶望する彼は前に進む勇気を持つことができなかったからね。なんだか、人間の心の弱さの部分がマリーを通じて突きつけられているような気がして観ている私も辛くなってきてしまう。

マリーが去ってしまった後、ルードヴィヒは「夢なんか見たら不幸になるだけだ」と泣き崩れる。現状に絶望しながらも本音では「音楽を諦めたくない」気持ちを拭いきれない。この独白シーンはもう切なすぎて涙なしには見れなかったよ(涙)。ウォルターを殺してしまう結果に導いたのは自分だという罪悪感もあっただろうし、色んな感情がぐちゃぐちゃになって彼に襲い掛かっている様を観て、苦しくて苦しくてたまらなかった。
その時、背後からもう一人の壮年ルードヴィヒがそっと立ち「心の中の音楽を聴け」と諭すように歌い出す。すべてが破滅する一歩手前の彼を救ったのは、何かに導かれたもう一人の自分だったのかなと思うとここもまたすごい胸アツなシーンでしたね。

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ついに自分の運命を受け入れ再び作曲への意欲を取り戻すルードヴィヒ。立ち止まっていた時間の間に彼の心の中には破裂しそうなほどの音楽のアイディアが溜まっていた。それを解放していくかのように次々と名曲を世に送り出していくシーンはとても輝かしく眩しかった。死んでしまいたくなるほど辛く暗い時代が続いていただけになおさらその光は強烈に見えたなぁ。
でも、ルードヴィヒ自身の聴力は回復どころかどんどん悪化していき、ついには自分の声すら聞くことができなくなってしまうという悲劇…。神はなんと残酷なことをするのだろうとすら思ってしまう。だけど、以前のように絶望に泣き叫ぶようなことはなくただ必死に音楽に食らいつこうとしている姿はなんだか神々しくすらありました。

そんな彼の元に、ある日突然甥のカールがやってくる。その姿に事故死してしまったウォルターを重ねてしまうルードヴィヒ…。自分の心の弱さから音楽家になりたいというウォルターの夢を潰してしまったという罪悪感が常に彼の中で消えなかったのだなと思うと本当に切なかったです。だからなおさら、年恰好が同じである甥のカールにあの時できなかったことをしてあげなければという気持ちが沸き起こってしまうわけで…。
幼い頃のカールは言われるがままにピアノに向かいルードヴィヒの指導を仰いでいましたが、成長するにしたがってその気持ちはどんどん萎えてきてしまうのがすごい悲劇的だなと思った。

やがてカールとルードヴィヒの間に音楽への想いのズレが顕著に表れてくる。それでもルードヴィヒは盲目的にカールに自らの音楽の知識を与えようと躍起になるわけで…なんだかもう見ていられない。ルードヴィヒがカールに音楽を叩きこんでいる姿は、私にはウォルターに対する罪滅ぼしのように思えて仕方なかったです。
ここの二人の関係で一番悲劇的だと思ったのは、カールが音楽に対してルードヴィヒやウォルターのように興味や悦びを感じることができなかったということ。そして薄々それに気づきながらも認めたくなくて見て見ぬふりをして自らの知識をカールに叩きこもうとしているルードヴィヒもまた辛い。

カールとルードヴィヒの関係は映画「敬愛なるベートーヴェン」でも描かれていましたが(たまにやって来てはルードヴィヒのお金をこっそり持ち去るしょうもない甥っ子として描かれてた 苦笑)、今回の舞台を見てこんなにも激しい攻防があったのかとビックリしてしまった。

エド・ハリス.ダイアン・クルーガー.マシュー・グッド.フィリーダ・ロウ.ニコラス・ジョーンズ.ラルフ・ライアック (出演), アニエスカ・ホランド (監督)

するとそこへ建築家としての第一歩を踏み出したマリーがやってくる。彼女は自分の才能を認めてもらおうと男性の衣装を身にまとっていた。女性として立ち向かいながらも何度も跳ね返された彼女は挫折を味わい、”男性”の姿で自分を偽る方法へと方向転換したという。
「挫けた時には先生の音楽に勇気をもらっていた」と明るい笑顔で語るマリーと、ちょっと戸惑いながらも嬉しそうに踊るルードヴィヒの姿はなんだかちょっとホッコリした。この舞台はあまり気を抜けるようなシーンがないのだけれど、ここだけは温かい気持ちになったかも。マリーとルードヴィヒの関係って恋人でも親友でもない、それとは違う何か特別な絆を感じたんですよね。

ちなみに映画「敬愛なるベートーヴェン」ではルードヴィヒの音楽を写譜する女性が登場します。この舞台のマリーもそうなるのかなとちょっと思っていたけれど、彼女は建築家という夢に突き進んでいくキャラだったな。

二人はしばし穏やかで楽しい時間を過ごしますが、話題がカールへと移るとその雰囲気に影が差してきてしまう。ルードヴィヒがカールを無理やり母親から引き離し自分の”息子”として音楽家への道を歩ませようとしていることを知ったマリーは、その方法が間違っていると諭そうとする。彼女は「それはあの子の運命なのだ」と叫んだルードヴィヒにとてつもない不安を抱く。
でも、ルードヴィヒは「カールはウォルターの生まれ変わりであり、それは神が自分を赦した証なのだ」と思い込んでいたわけで…その盲目的な思想が危なっかしすぎて見ているこちらも気が気ではなくなってしまった。

そこへ外に飛び出していっていたカールが戻ってきてウォルターとの一件を知ってしまうという悲劇…。ルードヴィヒは自分を”代用品”として見ていたのだと感じてしまいますます心を閉ざし罵声を浴びせまくるカール。だけど、その気持ちもなんだか痛いほど分かっちゃうから辛いんだよね(涙)。ずっと自由を封印され興味の持てない音楽を叩きこまれてきたカールの張り裂けそうな想いが切なすぎます。さらに自分には音楽の才能がないということも誰よりも分かってしまうだけに押し付けられ続けるのは拷問でしかなかったと思うよ…。

マリーにちゃんと話し合うべきだと告げられた二人は初めて面と向かってお互いの本心をぶつけ合う。軍人になりたいと告げるカールに衝撃を受けたルードヴィヒがそれを必死にやめさせようと抵抗しながら「お前は第二のベートーヴェンになるのだ」と叫びながら歌ったシーンは圧巻だった。あれはまさに狂気!!耳が不自由になった自分の叶えられなかった夢をカールに押し付けようとしていたルードヴィヒ。彼にとってカールは「夢そのもの」だったのだと思い知らされる場面でもあったわけで…もう本当に何とも言えない気持ちになりました。
お互いの思想が相反するものだと分かった時の演出がすごかった。そこでこう来るのか!!と。あれはまさに崩れ落ちていくお互いの心境そのものではなかったか。

そして苦しみの果てにルードヴィヒは最高傑作の交響曲第9番を発表する。すべての感情をぶつけながらその音楽の中で「歓喜だ!!!!」と叫びまくるシーンは心を殴りつけられたかのような衝撃でした。あの爆発的な音楽はこうした苦しみの中でもがきながら生まれたのかというと…なんかもう、言葉にできない。あの時の演出もすごく鮮烈だった。映画「敬愛する~」とは違った視点からのベートーヴェンの苦悩と混乱を目の当たりにできたのも面白かったです。
しかしその一方で、カールは精神に混乱をきたしついに自らの命を絶つという選択をしてしまう。歓喜の裏で起きていた悲劇…この対比があまりにも残酷。命はとりとめたものの、その後の彼の人生を想うと心が痛む…。

時が過ぎ、晩年を迎えたルードヴィヒはかつての自分を冷静に振り返りながらマリーに手紙を書く。彼の心の中で唯一支えになっていたのは、特別な何かを感じていた彼女だけだったのかと思うとなんだか切なくてちょっと悲しくなりました。その時のルードヴィヒの傍に彼女の姿はなかったから…。

そしてラスト、ピアニストとの関係も語られます。サラリと描かれていたけれど、そこには大きな希望が詰まっていたように思えてならなかった。ピアニストの置いていった譜面を読みながら何とも言えない感情のまま涙を流すルードヴィヒがあまりにも美しく儚く見えて涙が止まりませんでした(泣)。
最期の時はすべての魂と一緒に…。苦悩と混乱に満ち破滅的な生活を送ることが多かったルードヴィヒだったけれど、一番最後に見た景色はただ静寂で美しい光の世界だったんだろうなと。その光景にどこか安堵した自分もいました。

ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンという一人の作曲家の人生を3人の役者で多面的に表現したこの作品。人物に混同することもなかったしとても分かりやすく演出されていたと思います。激しい感情のぶつかり合いが本当に素晴らしく深く私の心に刻まれました。

キャスト感想などは次のページにて。

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