ミュージカル『蜘蛛女のキス』2010.02.03マチネ

東京芸術劇場で上演されていたミュージカル『蜘蛛女のキス』再演を観に行ってきました。

実はこの演目を観に行くの、ものすごく迷ったんですよね。
というのも、07年に荻田さん演出で久しぶりに上演された『蜘蛛女のキス』を観たときに自分がものすごく好きだった96年と98年バージョンと全く違う作品になってしまったていたことにかなりショックを受けたからなんです。今までの私の観劇人生の中で5本の指に入るくらい好きだった作品が変わってしまったというのは辛いものがありました…。演出家が違うとこうも作品は変わってしまうのかと痛感させられました。

で、今回の再演も演出は荻田さん…。前回のショックもあったしやはりパスしておこうかなとギリギリまで悩んだのですが、大阪公演を観た人の感想をいくつか拝見しますと…どうやら07年よりも演出がけっこう変更されていたと報告されている。私が最も違和感を感じたあのクライマックスシーンにも手が加えられたらしい…という評判がありまして、個人的に『蜘蛛女のキス』という作品にはものすごく愛着があることもあり観に行くことを決断。これが観劇1週間前でした(苦笑)。

ワケありということで、2階席ではありましたが…意外や意外、芸術劇場の2階席ってけっこう観やすいんですねぇ。今回初めて2階席に行ったんですが最前列だったこともありかなり快適な環境で集中して観る事ができました。
2階席のメリットはなんといっても光の芸術が楽しめること。色んな角度からのライティングがあったりしてかなり視覚的に堪能できたと思います。モリーナとヴァレンティンの距離感みたいな部分も分かりやすかったですね。

ちなみにこの日はスペシャルイベントデーということで、終演後にミニトークショーと『蜘蛛女のキス』を手がけたジョン・カンダー&フレッド・エブ楽曲のミニコンサートがありました。

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カーテンコールのときに石井さんが「あなたたち、今日はお得よ~♪」とモリーナのおねえキャラで一言挟んでたのが可愛かったです(笑)。すっかりモリーナが体に染み付いてるみたいですね。
ミニトークショーでは"すみれシスターズ"と題して宝塚だった初風さんと朝澄さんの先輩後輩コンビが司会担当。このお二人の司会っぷりが…なんともマイペースでゆったりした感じで…彼女たちの周りにお花が咲いてるみたいな雰囲気でそれにちょっと翻弄され気味なニューフェイスなゲストたちがかなり面白かった(笑)。

ニューフェイスなゲストは刑務所長役の今井さん、看守エステバン役の田村さん、ダンサーの辻本くん。
今井さんはミュージカル初挑戦ということで「いっぱいいっぱい」と語ってましたが、初風さんから「それにしても最後のあの難しい歌をちゃんとこなされてて素晴らしかったですよ」とべた褒めされて恐縮しまくりで可愛かったです。あと、ミュージカルの役者さんたちは常にみんなテンションが高くてビックリしたというエピソードも。今井さんはかなりカルチャーショックを受けたようで、今回のメンバーの中では一番おとなしい人だったそうな(笑)。

二者択一クエスチョンっていうのも楽しかった。 今井さん「一緒に収監されるなら、モリーナとヴァレンティンのどっち?」 同級生のよしみで石井さんのモリーナ。ヴァレンティンの浦井君とも仲良しだけどどちらか選ぶとすればやっぱり同級生の石井さんに軍配らしい(笑)。
田村さん「拷問を受けるのなら、マルコスとエステバンのどっち?」 ひのさんのマルコスは本当に怖いので自分が演じてるエスステバンがいいとのこと。この回答にショーのためスタンバイしてたひのさんがツッコミ入れに一瞬顔を出してきました(笑)。
辻本くん「友達になるなら、ガブリエルとアウレリオのどっち?」 どちらがどの人物かごっちゃになってるようでしたが(笑)アウレリオはうざいのでガブリエルのほうがいいとのことでした(笑)。可愛いんだけどね、照井くんのアウレリオ(笑) 。

続いてのミニ・コンサートでは金さんwith「ちゃっかり・ガッツリ・うっかり踊り隊」と「素敵に見守る大人コーラス隊」による『ALL THAT JAZZ』(シカゴ)、浦井くんによる『MAMA It's me』(蜘蛛女のキス本編ではモリーナが歌うナンバー)、石井さんによる『KISS OF SPIDER WOMAN』(蜘蛛女のキス本編では金@蜘蛛女が歌うテーマ曲)が披露されました。

いやはや、大変貴重なナンバーばっかりで大満足! 最後は全員で『New York,New York』を歌いお開き。30分足らずではありましたが充実した素晴らしいひと時でした。やっぱり観劇しに来て正解だった!

キャスト

モリーナ:石井一孝、ヴァレンティン:浦井健治、オーロラ/蜘蛛女:金志賢、マルタ:朝澄けい、刑務所長:今井朋彦、モリーナの母:初風諄、看守マルコス:ひのあらた、看守エステバン:田村雄一、カブリエル/囚人:縄田晋、アウレリオ/囚人:照井裕隆、囚人:長内正樹・笹木重人・辻本知彦 

以下、作品に関する感想になります。どうしても頭から抜け切らなかった96-98年版と比べたものになってると思いますのでちょっと新バージョンに対する違和感を多く語る傾向にあると思われます。その点ご理解のうえ興味ある方は追記をご覧ください。

※プリンス版に対する詳しい私の個人的感想はこちら。興味のある方は参考にどうぞ…

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セットの配置や映像を駆使する部分などは基本的に3年前と同じでしたが、どちらかというと映像を使うシーンが多くなったような気がしました。それはそれで斬新だしリアリティが出ていいと思うのですが…「そこは映像ではなく観客の想像力をかきたてるような演出のほうがいいのでは…」と感じる部分もいくつかありました。

特にアムネスティインターナショナルが刑務所の道徳調査に訪れるシーン。今井@所長の映像がクッキリ映し出されてたんですが…実際に今井さんもその場で芝居をしているわけで、なんだか二重構造みたいな演出になっていたのは個人的にちょい違和感。

それからヴァレンティンとモリーナが結ばれるシーンもけっこうなまめかしい映像が…(苦笑)。あれはあれで妖艶な雰囲気でいいのかもしれないけど、蜘蛛女がガーンと歌っている最中にそれを映像で見せるっていうのは…なんだかちょっと違う気がするんだよなぁ。うーーん、舞台ではやはり生身の人間のやり取りで魅せてほしいんだよなぁ。特に『蜘蛛女のキス』に関しては想像力をかきたてられる部分での映像使用は個人的にあまり使わないでほしい気がする…。

以下、プリンス演出と比較した感想を少々。

モリーナとヴァレンティンが衝突しながら歌う「飾り付け /引くぞライン」

モリーナが歌う『飾りつけ』は石井さんの柔らかい好演で楽しめるんですが、『引くぞライン』で多少違和感。ヴァレンティンが自分の境界線を設けてモリーナを寄せ付けようとしないといったシーンですが、プリンス版ではヴァレンティンは客席に分かるように境界線を仰々しく引く芝居を見せてたんですよね。ヴァレンティンのモリーナへの嫌悪感がストレートに伝わってきて面白かったんですが、浦井君のヴァレンティンはラインを引いているのかどうかイマイチピンとこない。

この"ライン"はその後二人の距離が徐々に近づくにつれてなくなっていくのに重要な一つの「アイテム」みたいに思っていたので、ここがボケてしまうと後半の二人の距離感がちょっと実感沸かないように見えてしまう。たぶん浦井君がというんじゃなくて、演出の影響だとは思うんですが…。どうも全体的に分かりづらいんだよなぁ。

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ヴァレンティンが歌う「塀の外3<マルタ> 」

これは刑務所側が政治犯のヴァレンティンから仲間の名前を聞き出そうとするためにした拷問のさなかに歌われる哀しく美しいナンバーです。
狭い牢獄にモリーナを含めた大勢の囚人と一緒に詰め込まれ3日間立ちっぱなしにされるという壮絶な非人道的拷問を受けながらヴァレンティンは愛する女性・マルタを想いながら切々と哀しく歌うんですが…、プリンス版ではヴァレンティンたちは狭い牢獄に閉じ込められたままの状態なのでなおいっそう切ないシーンになってたんですよ。

それが、荻田版では歌の途中からヴァレンティンとモリーナが牢の中から出て歌うことになってて…それがちょっと個人的に受け入れがたいというのがありました。
たぶん、精神世界でのヴァレンティンの心を表現したかったと想うんですが…ここは残酷な極限状態のなかで必死に愛する人を思い浮かべるヴァレンティンというプリンス版の構図で見せてほしかったです。まぁこれはあくまでも個人的感想ですけど(汗)。

それから少し前後しますが、囚人の脱走劇もちょっと違和感。金さんの蜘蛛女は迫力満点で素晴らしいのですが…囚人が脱獄に失敗して撃ち殺されるシーンで彼女はキスをしようとしないんですよね。「蜘蛛女のキス」というのは死の象徴でもあるのでこういったシーンではその妖しい恐怖みたいな部分を出したほうがよかった気がするんですけど…。

そしてやはりどうしても受け止められないのが後半からクライマックスにかけて。

出所が決まったモリーナに対しヴァレンティンは外の仲間に対しての伝言を託そうとします。それを必死に拒むモリーナを抱くことでそのことを納得させようとするヴァレンティン、ただただヴァレンティンに愛されたくて身をゆだねてしまうモリーナ、そして背後から忍び寄る蜘蛛女…と、かなりドラマチックな展開があるわけですが…ここでのヴァレンティンのモリーナに対する想いみたいな部分がイマイチ見えてこなかったんですよね。

プリンスの演出ではヴァレンティンが徐々にモリーナに心を開いていく過程が非常に繊細で、このモリーナを誘うシーンでも心の奥で葛藤があったんじゃないかと思わせるような展開だったのですが、荻田演出のヴァレンティンはモリーナに対してどう心を開いていったのかぼやけてる気がするんです。
モリーナは本当にひたすらヴァレンティンに愛を捧げているだけになんとももどかしい。会話のテンポもモリーナの言葉をすぐにヴァレンティンが遮ってしまうといった場面が多かったのも気にかかりました。 この違和感を持ったままクライマックスを見てしまうとなんとも複雑な心境になってしまう。

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一番それを痛烈に感じたのが出所するモリーナとヴァレンティンとの別れのシーン

出て行く前にヴァレンティンはモリーナにキスをするのですが、それがきっかけになりモリーナは暗号を受け取る決意をするんです。このキスの解釈ですが…プリンス版のヴァレンティンは「もう自分を陥れたりしないで」といったモリーナへの思いやりが感じられたのですが、荻田版のヴァレンティンだと自分の計画を実行させたいがためにモリーナにキスをしているようにしか見えなかったんですよね…。

そして最後の「頑張れモリーナ、当てにしてるんだ。男になれ」といった台詞。

プリンス版ではモリーナへのエールが感じられたのに対し荻田版ではなんとしても自分の目的成就のために動いてほしいと受け取れてしまう。そのくせ、そうさせてしまった自分に罪悪感が襲い掛かっているのかものすごく苦しそうなんですよね…。どちらに感情移入できるかといえば…私はやっぱりプリンス版の宮川@ヴァレンティンになっちゃいます。モリーナに対して思いやりがあったのはプリンス版だったと思えてしまうので。

さらに違和感を感じるのがラスト

出所したモリーナは暗号をマルタに伝え、その直後に捕らえられ殺されてしまうんですが…ここの描き方がプリンス版と荻田版では全く違います

荻田版は捕らわれたモリーナがすぐに殺されてしまうように描かれます。まぁ、前回はそのシーンさえなかったのでそれに比べれば…とは思いますが…そのあとのシーンとのつながりが分かりづらくなっちゃってるんですよ。モリーナはすぐに殺されてしまったことになってるのでヴァレンティンとは実際に対面していない。
でも、拷問を受けた直後のヴァレンティンのところに魂みたいになってモリーナが現れる。このときに所長とのやりとりの声が流れるんですが…いつそんなやりとりをしたのか時間軸的に分からない。「喋らないと頭を吹っ飛ばすぞ」といった所長の拷問の声にヴァレンティンはぼんやりと「もう喋ってもいい」と話すんですが…これが精神世界でのやり取りみたいになってるので緊迫感が全然伝わらない。

モリーナの死を感じ取ったヴァレンティンが叫ぶシーンも感情移入できないんですよね。これは本当に3年前に観たときショック以外のなにものでもなかったです。今回は3回目なので多少の覚悟はできてたんですが…それでもやっぱりショックです。ここが変わると物語の色が違って見えてしまうから…。

プリンス版ですとモリーナは暗号をマルタに電話した後捕らえられ刑務所に連れ戻されてしまいます。そこで大拷問に遭うわけですがモリーナはその名前を一切明かそうとしない。最後の手段として所長は息も絶え絶えのモリーナをヴァレンティンの目の前に引きずり出すんです。その姿を見たヴァレンティンは初めて自分の罪の大きさを実感し「もういいからすべてを喋れ」と必死に訴える。それでも決して語ろうとしないモリーナを見て「自分が話す」と言い出すのですが、モリーナは「そんなことをしたら私の愛が意味のないものになる」と語り涙を流す。
3秒以内に話さないと射殺されると脅されながらもヴァレンティンへの愛から決して口を割ろうとしなかったモリーナは、最後に「愛してる」と笑顔を向けた直後に射殺されてしまうんです。自分の目の前で射殺されてしまったモリーナを見てヴァレンティンは血を吐くような叫びを上げる…それがあの「モリーナ!!!」という台詞になるわけだったんですよね。 私は毎回ここで大号泣してて…。

ここが大幅になぜ変更されてしまったのかどうしても分からなかったんですが、どうやらこのラストシーンの拷問が倫理的に問題だとされてしまったらしいんですよね。だから荻田さんてきには苦肉の策であのようなラストにするしかなかったのかもしれませんが…もしもそうだったとしたら、いっそ再演しないでほしかったような気がします。

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そのあとモリーナは夢の中で蜘蛛女とタンゴを踊るわけですが…ここの解釈も変わってきているように思われました。

プリンス版はモリーナ視点での夢の出来事として描いていたのでちゃんとヴァレンティンともダンスを踊ってたんですよ。しかし、荻田版はどちらかというとヴァレンティン視点での夢の出来事のように描かれていたのでモリーナはヴァレンティンとダンスを踊りません。ヴァレンティンはひたすらマルタとラブラブです。

うーーーーん…。 最後にモリーナが蜘蛛女とキスをするシーンもなんだか軽く描かれていたのもちょっとなぁ。もっとしっかりキスをする演出(=モリーナが死を受け入れる)にしてほしかったんだけど…ヴァレンティン視点だと考えれば今回のような展開になっても仕方ないかなと。

どうしてもプリンス版に思い入れが深過ぎて比較してみてしまう「蜘蛛女のキス」。シーンごとに初演・再演時の映像が浮かんできてそちらを思い出しながらウルウルするみたいな場面がいくつもあったり…やっぱり純粋には堪能できなかった気がします。

観に行ってよかったのかどうなのか…といったところですが… でも、色は変わっても曲のすばらしさは不滅です。ほんっとに心が痺れるくらい素晴らしいナンバーばかりです、この作品。なかでも「Dear One」「Day after that」は言葉に言い表せないほど最高なナンバーだと思います。ほかにも名曲中の名曲といっても過言ではないものが山ほどあります。

さらにキャストのレベルは非常に高い

2度目のモリーナとなる石井一孝さんの素晴らしい芝居は拍手もの!初キャストだった蜘蛛女/オーロラを演じた金さんは90年代に同じ役を演じた麻美れいさんに迫るくらいのブラボーな迫力でゾクゾクしまくりでした。初キャストといえば、今井さんの所長もなかなか新鮮でよかったです。今までの所長はイカツイ男ってイメージだったのが今井さんのような細くて冷淡なキャラになってかえって怖かったりして、こんな所長もありだなぁと思わせてくれました。

さらには初風さんのモリーナの母親が素晴らしい!もう彼女が出てくるシーンはほとんどボロ泣き状態。朝澄さんのマルタは前回バリバリのヅカメイクでビックリしたんですが(汗)今回は2階席からだったのでさほど衝撃は受けなかったです。
浦井君のヴァレンティンなんですが…これは好みの問題だと思うんですけど、あまり彼に合ってないんじゃないかなぁと思えちゃうんですよね。すごい一所懸命熱演してるの伝わるし芝居も悪くないんだけど、私の思い描くヴァレンティンじゃない。うーーん、そういった意味ではちょっと残念。

また再演される機会があったら…どうしようかなぁ。本当に大好きな大切な作品だっただけに複雑な心境です(苦笑)。なお、この感想は私個人的なものですので他意はないです。あしからず。

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