ミュージカル『パレード』大阪公演 2021.02.04ソワレ~02.05マチネ

大阪梅田のシアター・ドラマシティで上演されたミュージカル『パレード』を観に行ってきました。

2017年に上演されてから4年を経ての日本再演、待ってました!!初演を見たときに大きな衝撃を受けた『パレード』。2017年の個人的ベスト5で1位にしたほど私の心を大きく揺さぶった作品です。

※2017年公演感想↓

大阪は未だに新型コロナ禍の影響が色濃かったので正直出て行くことはかなり勇気がいったのですが、再演された折には這ってでも観に行きたいと思っていたので十分に対策をしたうえで大阪に向かいました。

『パレード』は東京で1月15日公演スタートする予定でしたが、カンパニーの中に感染者が出てしまったことで一時は上演されるのかどうかも危ぶまれる声すら…。祈るような気持で見守っていましたが、4公演分が中止になった後に無事開幕し東京公演楽まで終えました。途中武田さんのアクシデントなどあり心配しましたが、皆さんで助け合いながら東京公演を上演しきることができて本当によかったです。

ただ一つ残念だったのが、初演でローン判事を演じていた藤木孝さんがもういらっしゃらないことです…。再演も同じ役で出演が決まっていたのに、足早にこの世から去ってしまわれた。それだけが本当に悲しく居たたまれません(涙)。あの舞台にもう一度立っていただきたかったです…。

様々な困難を乗り越えての大阪公演、感無量でした…!観に行けて本当に良かった…!

劇場側の感染対策もかなりしっかりしています。話し声もほとんどありませんでした。観劇ファンの皆さんがこうして懸命に対策を取ることで舞台演劇は続くことができるんだと思います。

客入りは…正直かなり厳しいです。緊急事態宣言真っ只中ですし、4日は超良席だったにもかかわらず両隣は空席でした(自然とディスタンスされてたのはよかったけどちょい複雑だった 汗)。
今の時期は「絶対観に行った方がいい!」と大きな声で言えないのが本当に悔しい。確かにストーリー的には相当シビアなシーンも多々出てくるのですが、それ以上に魂が震える瞬間がこれでもかと押し寄せてくるすごいミュージカルなのですよ。こんな時代じゃなければもっと多くの人にこの作品の魅力を知ってほしかったなと…。

以下、がっつりネタバレを含んだ感想になります。

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2021.02.04ソワレ~05マチネ in シアター・ドラマシティ (大阪・梅田)

主なキャスト

  • レオ・フランク:石丸幹二
  • ルシール・フランク:堀内敬子
  • ブリット・クレイグ:武田真治
  • トム・ワトソン:今井清隆
  • ニュート・リー:安崎求
  • ミセス・フェイガン:未来優希
  • フランキー・エップス:内藤大希
  • ジム・コンリー:坂元健児
  • ルーサー・ロッサー:宮川浩
  • サリー・スレイトン:秋園美緒
  • ミニー・マックナイト:飯野めぐみ
  • メアリー・フェイガン:熊谷彩春
  • ローン判事:福井貴一
  • ヒュー・ドーシー:石川禅
  • スレイトン知事:岡本健一

初演と同じく、レオ役の石丸さんとルシール役の堀内さん以外は皆さん複数役をこなされています。

宮川浩さんはロッサー弁護士以外に2幕冒頭の黒人・ライリーを、未来優希さんはミセス・フェイガン以外に宮川さんとコンビで歌う黒人・アンジェラを演じるのですが、お二人のパワフルな歌声がとにかくすごい!!特に宮川さんは弁護士役の時にはほぼ歌がなくてもったいないのでその分ここではじけてる印象が強いですね(笑)。未来さんはフェイガン夫人とは真逆のキャラで実に痛快です!

第一発見者のニュート・リーを演じる安崎求さんも何役か他にも演じていらっしゃいますが、やはり一番強烈に印象に残るのは老兵師役だと思います。南北戦争から片足を失いながら帰還していて、北部人への恨みは人一倍強いと感じました。冒頭の歌の迫力と、ラストクライマックスでの威圧感がとにかくすごい…!!さすがだなぁと感服しまくりです。

秋園美緒さんの聡明で凛としたスレイトン夫人は終始カッコ良かったし、飯野めぐみさんの黒人家政婦・サリーも彼女の背景や環境の複雑さを繊細に表現されていてグッとくることが多かった。
メアリー役の熊谷彩春さんは体調不良で降板されてしまった莉奈さんの代役でしたが、とってもキュートで可愛らしく好演。みんなに愛されてた女の子というのが伝わってきて事件の悲惨さをより際立たせていたと思います。

他のアンサンブルの皆さんも実力派揃いで見ごたえがあります。個人的には初演と同じく石井雅登くんを目で追っちゃいますね~。看守、囚人など存在感を出してましたが、一番はやっぱりスレイトン家でのダンスシーンでしょう!!奇麗な顔立ちをされているので、あのキャラが石井くんだと気づかない人もいるんじゃないかと思います(笑)。今回もめっちゃ張り切って踊っててプリティも増してて面白かったww。
それから、メアリーの友人代表のアイオラを演じた吉田萌美さんもすごく良かったです。特に目力がすごく印象的ですね。他の役でも見てみたいかも。

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あらすじと概要

ミュージカル『パレード』はブロードウェイで1998年に初演され、翌年のトニー賞で最優秀作詞作曲賞と最優秀脚本賞を受賞した作品。BWの演出は『オペラ座の怪人』などで知られるハロルド・プリンスが担当していました。昨年お亡くなりになったニュースが流れてきてとても残念に思います…。日本初演は2017年。1913年にアメリカのジョージア州アトランタで実際に起きた”レオ・フランク事件”を基に描かれています。

初演を見たあと、ミュージカルで描かれていることが実話だと知り大きな衝撃を受けパンフレットを熟読したのを思い出します。事件の内容は本当に理不尽で恐ろしい出来事としか言いようがないのですが、100年以上経った現在でもあり得そうな事件で心が抉られるような想いがしました。

事件の詳しい経緯についてはホリプロさんが細かくまとめてくれています。ただ、かなりのネタバレを含んでいるので先を知りたくない方は読むことをお勧めしません(けっこうショッキングな内容も含んでいるのでご注意を)。
でも、あらかじめ知っておいた方がより深くこのミュージカルを堪能できるとは思います。私も初演のとき、最初見た後にパンフやネットで事件のことを知ったうえで観た2回目のほうがより深く刺ささり作品への愛情が増しました。

物語で展開される出来事は見ていてメンタル削られるシーンも多く、終わった後には茫然自失のような状態になってしまうのですが(汗)決してその感覚が「嫌」ではないのです。数あるミュージカルの中でも1-2を争うほどの悲劇モノなのですが、なぜか「もう一度あの世界観に浸りたい」と猛烈に思ってしまう。

何より、ジェイソン・ロバート・ブラウンによる歌詞と音楽がドラマチックで本当に素晴らしい。是非とも日本版CDを出してほしいところですが、現在はBW盤のみの発売となっているようです。初演を見た後、速攻でネット購入したほどこのミュージカルの楽曲に心奪われました。

簡単なあらすじは以下の通り。

物語の舞台は、1913年アメリカ南部の中心、ジョージア州アトランタ。南北戦争終結から半世紀が過ぎても、南軍戦没者追悼記念日には、南軍の生き残りの老兵が誇り高い表情でパレードに参加し、南部の自由のために戦った男たちの誇りと南部の優位を歌いあげる。

そんな土地で13歳の白人少女の強姦殺人事件が起こる。容疑者として逮捕されたのはニューヨークから来たユダヤ人のレオ・フランク。実直なユダヤ人で少女が働いていた鉛筆工場の工場長だった。彼は無実にも関わらず様々な思惑や権力により、犯人に仕立て上げられていく。そんな彼の無実を信じ、疑いを晴らすために動いたのは妻のルシールだけだった。

白人、黒人、ユダヤ人、知事、検察、マスコミ、群衆・・・・それぞれの立場と思惑が交差する中、人種間の妬みが事態を思わぬ方向へと導いていく・・・・。

<公式HPより引用>

神経質だけど、真面目で勤勉だったレオ・フランクがほんの小さなきっかけにより身に覚えのない罪で殺人犯に仕立て上げられ、ついには悲劇の最期を迎えてしまう。
この事件の背景にはアメリカ南部の「反ユダヤ感情」や南北戦争の影響による「北部出身者への憎しみ」、事件を過剰に報道し世の中を煽り立てたマスコミ、それに乗せられた人々、権力者の思惑など様々な感情というものがありました。南部は奴隷制度が色濃い事情もあり、比較的裕福だった北部人やユダヤ人に対するコンプレックスも強かったのかもしれません。

レオ・フランクの無罪が証明されたのは1983年…、事件から70年も後になってからでした(信用できる新証言が出てきた)。その3年後の86年にようやくレオの特赦が認められたそうです。しかし、アメリカ南部には未だにその決定に納得できずレオが真犯人だと信じている人が存在しているのだとか(石丸さんご本人もそういったエピソードを実際に聞かれたとのこと←パンフレットより)。なんだかやるせない気持ちにさせられます…。

そんな理不尽な事件を辿った物語ではありますが、無実を勝ち取ろうとレオとルシールの夫婦が必死に立ち向かうドラマも非常に丁寧に綴られています。二人を取り巻く環境は日を追うごとに厳しくなりますが、その時間を共に戦っていくことにより絆を取り戻していく。このあたりのストーリーにも大いに注目です。

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全体感想

はじめに

まず、石丸さんと武田さんのお元気な姿を舞台で観れたことが本当に嬉しかったです。無事に回復されて本当に良かった…!!

基本的にセットや演出はほとんど変わっていなかったと思います。オケピも舞台下に配置してあるのでソーシャルディスタンスも保たれた感じ。上手と下手のオケピの上には小さな橋も設置されていて、キャストがその下から登場する演出も面白いです。
それから、背景にそびえている一本の大木が非常に印象深い。物語に直接関係してくるわけではありませんが、この大地にそびえる巨木は舞台上で起こる出来事のすべてをじっと見つめ続けているのです。無言の目撃者って感じでよりドラマを深いものにしていたような気がしました。

そして今回も圧倒されたのがあの無数のカラフルな紙吹雪です。

初演の時も驚きましたが、今回も毎公演新しい紙吹雪を降らせているそうです。万単位の紙吹雪なので、いったいどのようにして制作されているのか気になるw(重さも相当だと思うし)。
しかもこれ、冒頭だけでなくて南北戦争の戦没者記念日パレードのシーンが出るたびに降ってますからね(驚)。さらに降らせた紙吹雪は片づけられることなくそのままずーーっと舞台上にあるので、セットが動くたびに盛り上がったりする。キャストの皆さんもその上で芝居しなければならないので足元とか滑らないように注意するので大変だと思います。

でもこのカラフルな地上に降り積もった紙吹雪と、舞台上で展開されていく黒い感情のドラマとのアンバランスさが視覚的にも強烈に印象に残るんですよね。森新太郎さん、すごい演出家さんだなと。

この物語を見ていて一番恐ろしいと感じるのは、人々に根付く人種差別感情マスコミなどで煽られて同じ方向を向いてしまう群集心理です。アメリカ北部出身のユダヤ人だったレオ・フランクは全く罪を犯していないにもかかわらず、まさにその恰好の標的とされてしまった…。それが本当に悲しくて悔しくてたまりません(涙)。”憎しみ”の感情から生まれるのは何もない…、残るのはどうしようもない虚しさと苦しさだけだということを初演以上に強く感じた公演でした。

以下、印象に残ったシーンを振り返ってみたいと思います(思い入れが深いので超長いです 汗)

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1幕

ふるさとの赤い丘

最初に小太鼓による行進のリズムが刻まれ、徐々に不協和音が重なってきてこの作品の複雑さを音楽で示しているよう。この音の作り方がとても印象的で一気に引き込まれます。さらに、南北戦争へ向かう若い兵士が登場すると同時に背景のバックの色が真っ赤に染まっていって…この色がまた強烈に心に刺さるんですよね。

北部への憎しみを募らせた若者が戦場へと旅立ってから時代が50年近く経過します。意気揚々と目をギラギラさせていた若者は片足を失った老人として登場するのです。この入れ替わりの演出も実に見事。しかも、彼の後ろには”戦没者記念日”のパレードを一目見ようと人々が旗を振りながら熱狂的に集まってくる。未だに戦争を引きずる老人と、南部戦没者をヒーローと称えて盛り上がる人々の対比も印象的です。

このパレードに集まる人々のシーンの時にさっそく大量の紙吹雪が降ってくるわけですが、歌が盛り上がっていくにつれて降り方もめちゃめちゃ派手になっていくんですよねw。クライマックスに差し掛かった時なんか、紅白の北島サブちゃん「風雪流れ旅」級(もしくは昨年紅白の純烈級)の降らしっぷりでキャストさんの顔がはっきり見えなくなるほどですww。時には塊として落ちてるしねw。
とにかく、色んな意味でのっけからぐわーーっと持ってかれる感じが堪らなく高揚する!!

ここを我が家とどうして呼べる?

人々が熱狂的に戦没者追悼パレードを見に集まっている最中、レオ・フランクは浮かない顔で勤務先の向上へ出かけようとしている。妻のルシール「こんな日には一緒にピクニックへ行こうと思っていたのに」とガッカリしてしまうのですが、レオにはルシールの楽しみにしていた気持ちを理解することができません。

というのも、レオは北部ニューヨークの出身者で、ルシールの叔父から「割のいい仕事があるから」と誘われて渋々南部へ居を移した事情がありました。それゆえ北部人としてのプライドが高く南部人のことをなかなか理解しようとしない節がある。南部出身のルシールのことも愛してはいるんだけど、彼女の内面までは見ようとしてなくてつい嫌味の一つも出てしまうのです。
レオの悲劇は、おそらく彼のこんな性格が災いしたんだろうなと思わずにはいられなかった。でも、あの感情は当時は当たり前で「悪い」という意識を持つことすらなかったんだろうなと思うと、なんだかすごくやりきれない気持ちになりましたね…。

ルシールはレオとの生活に一定の満足感はあるものの「何かが足りない」ともやもやした気持ちを抱いてしまう。彼女が本当に得たかったのは、レオと心から気持ちを通い合わせることだったんだと思うと切ない…。

映画に行こう

同じころ、少年・フランキーは少女・メアリー・フェイガンを口説こうと一生懸命アピールしてました。ちょっとマセたメアリーがフランキーを手玉に取るようにかわしていくのが可愛い。でも最後は必死に「映画に行こうよ」と誘いまくるフランキーにOKを出してくれる。
でもメアリーはその前に働いている工場に給料をもらいに行くと言ってフランキーと別れました。テンションが上がってついつい違う女の子も映画に誘おうと口説いちゃうフランキーですがw、まさかこれが今生の別れになるなんて夢にも思っていないのが切ないシーンでもあります。

フランキーとメアリーのシーンでのナンバーはライトなポップ調で、二人のウキウキした気持ちが伝わってくるような旋律なのが特徴的。でも笑顔で見ていられるのはここまでなんですよね…。

メアリーが訪れたのはレオが社長を務めている鉛筆工場。当時はメアリーのように学校へ行かれない子供も低賃金で働きに出ていることがあったらしい…。でもメアリーはそのことに対しては全く重荷だと思っている様子はありませんでした。

給料を受け取りに来たことを告げたメアリーに、レオは優しい笑顔を浮かべながら彼女の手にそれを渡します。給料を受け取ったメアリーはレオに何か告げようと振り返るのですが…、どんな言葉が交わされたのかはここでは描かれていない。実はこのシーンがラストにとんでもなく大きな意味を持ってもう一度出てくるわけで…、すでに内容を知ったうえで見るともう、やるせなくて切なすぎて涙がこぼれてしまいました(涙)。

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捜査

その翌日、何者かに惨い状態で殺害されてしまったメアリーが発見される。容疑者として、警備員だった黒人のニュート・リーと、ユダヤ人で工場の社長だった白人のレオ・フランクが捕らわれの身となってしまう。リーは第一発見者であるにすぎず自らの無実を訴え、レオは犯行時間のアリバイを主張して無罪を訴えますが二人とも信用されない。

牢獄の中でレオは苛立ちを募らせていて、面会に来た妻のルシールのことも鬱陶しげに追い出してしまいました…。理不尽な状況に怒りを隠せずついその苛立ちを妻にぶつけてしまったわけですが、この時も彼は妙にプライドだけが高く嫌味な人間に映ってしまう。看守に対しても見下した態度を取ってしまうし…、もう見ながら「自分のプライドはこの際捨ててほしいよー」と何度も思ってしまった(汗)。
もし彼がもう少し謙虚な柔軟性のある人間だったら、結果は変わってきたかもしれないと思わずにはいられなかったよ…。

葬儀:救いの泉/意味が分からない

メアリーの葬儀は厳かに行われますが、このシーンで流れる「救いの泉」がまるで讃美歌のような美しく哀しい旋律で歌声を聴くだけでも泣けてきてしまいます。彼女の友達が思い出を語りながら棺の上に花を手向けるシーンは特に切なすぎて落涙…。さらにはメアリーのお母さんの哀しみっぷりがもう、見ているだけでも辛すぎ(涙)。

葬儀の最中、メアリーに思いを寄せていたフランキーは一人そこから離れ呆然としている。そんな彼に声をかけたのは新聞記者のクレイグだった。今回の事件を報道することで立場挽回を狙っていたクレイグは、メアリーの友人で彼女に恋をしていたフランキーに目を付け取材を進めていきます。
自分にとって彼女は陽だまりのような存在だったと歌うフランキーの姿が胸を打ちます。最初はとても優しい旋律で彼女の思い出を語るのですが、しだいに「なぜ彼女があんな惨い目に遭わなければいけなかったのか」という怒りとも憎しみともとれる感情へと変わっていき旋律もそんな彼の心情を抉るように音量が上がっていく。このあたりの盛り上げ方が実に巧みで、音楽が雄弁に物語を語っていることをすごく実感しました。

列の一番最後の一人となったフランキーはそっと棺の上に花を手向け、犯人への復讐心を胸にその場を立ち去っていきます。そして、彼が立ち去った後の誰もいない墓場に「反ユダヤ主義者」のワトソンがやって来る。棺に向かって優しい「子守歌」を歌う彼の存在がこの時点で少し不気味…。その後レオの人生に大きく影響してくることに…。

ビッグ・ニュース

幼い少女が殺害された事件ということもあり世間の目も厳しく一刻も早く犯人に鉄槌を加えろという論調が高まりますが、スレイトン知事はあまり関心を示そうとせず、検事のヒュー・ドーシー「二人のうちどちらかをさっさと有罪にするように」と軽く言い残して去ってしまいます。その無関心さが大きな悲劇へと繋がっていくとも知らずに…。
このシーンでドーシーはスレイトンの妻に対しめちゃめちゃゴマをすりまくっている。「18歳に見える」発言は言い過ぎだろうと見るたびにツッコミたくなりましたww。こうして立場が上の者にすり寄っていくのが彼の処世術なんだろうなと思える場面でもありました。

スレイトンから全権を委ねられたと認識したドーシーは、「黒人をつるし上げるだけでは民衆の怒りは収まらないだろう」との理由だけでリーを釈放しレオを犯人としてつるし上げる判断を下してしまうのです。
この時のドーシーのリーを追い詰めるやり口が非常に恐ろしい…。最初に優しい顔を見せておいて相手に口を挟む余地を与えずに架空の話「お前がやったんだろう」と言いながら押し付けていきます。あんな追い詰め方されたら洗脳されて犯行したと思いこんじゃう人だっているんじゃないかとゾッとした。リーはドーシーの威圧感から逃れるために必死に何かを呟いてましたが(たぶん聖書じゃないかな…)、精神的にかなり削られているようで痛々しかった(涙)。

一方のクレイグは完全に調子に乗ってテンションMAX状態で取材しまくっている。この時のナンバーが超ノリノリなロックで彼の快進撃が面白いように伝わってきました。特に「さぁ、さぁ!!」と矢継ぎ早に様々な証言を書きまくってるシーンがめちゃめちゃインパクト大。
彼のやってることはレオにとっては不利益なものばかりなのですが、クレイグにとっては自分の記事が売れてくれるだけでいいわけでどんどん突っ走っていくわけです。この作品の音楽って、人の黒い感情のときにアップテンポな旋律になることが多いんですよね。それがすごく面白い。

あなたは彼を知らない

クレイグの取材に対し、聞かれた人々はどういうわけか事実と全く違うことをまくし立てている。おそらくそのように誘導したからだと思うのですが(汗)、彼の記事を読んだ人々はそれを本当だと思い込んでしまうのです。
しかしレオの妻のルシールだけは毅然とした態度で彼を退けます。「彼のことを何も知らないくせに」と鋭い射るような視線でクレイグを黙らせる場面はグッとくる。そんな彼女にクレイグは「無罪だとは主張しないんですね」と投げかけるのですが、ルシールは「あなたには告げることはない」と告げて去っていきます。この時のルシールの夫を信じる力強さは見る者の心を大きく揺さぶりました。

その頃レオは担当弁護士のロッサーから自分が起訴された身であることを知らされ絶望感に襲われる。聞かされる世間の声も身に覚えのないことばかりで彼らを軽蔑するようなことを口走ってしまうのですが、そんな彼に対してロッサーが「お高く留まった態度は今すぐ改めたほうがいい」と窘められた場面がとても印象的でした。今回の唯一のレオの至らないところは、彼自身のプライドの高さだと思っていたので、ズバリ言い当てられたなと。
ただ、この弁護士さんは「俺に任せておけ!」って自信満々だったんだけど…なーんか今ひとつ頼りなさがあって不安しかなかったわ~(笑)。

ルシールが再度面会に訪れた時、レオは神経質そうに支払いをきっちり済ませておくようにと頼み込んでいました。彼の中には「南部人からバカにされたくない」といった想いが非常に強かったんだろうなぁと…。北部人としてのプライドがここでもルシールを追い詰めるような恰好になっちゃう。
しかし、「メアリーの母親と顔を合わせるのが辛いから裁判には行かない」と本音を打ち明けたルシールにレオは大きく動揺し必死に「居てほしい」と訴えます。最初は「怖気づいたと思われたくない」という気持ちが強かったように思いましたが、最後の「居てくれなくちゃダメだ!!」という言葉には”ルシールに傍にいてほしいんだ”というレオの彼女への気持ちが含まれているような気がして切なかった…。

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裁判:正義の鉄槌/マリエッタから20マイル

裁判は大勢の人の注目の的となるのですが、裁判所の外に群がる人々が「反ユダヤ主義者」のワトソンの先導によって、憎しみのテンションを上げながら傍聴席へとなだれ込んでいく演出がとてもスムーズで面白かったです。しかも「正義の鉄槌」の旋律がまたグイグイと前に押し出ていくような勢いを感じさせるもので、聞いていてめちゃめちゃゾクゾクさせられます。と、同時に群衆の心理が見る見るうちに「レオ憎し」でまとまっていく様が見ていて恐ろしかった…。
この現象、現代社会のSNSにも似たようなことありましたよね…。ある過激な発言に多くの人が乗せられその対象とされた人が孤立し追い詰められていくって…。レオの事件は決して昔の話なんかじゃないということを改めて思い知らされた気がしました。

そこへローン判事が入ってくるのですが…、最初にこのシーンを見たときに初演で判事を演じた藤木孝さんを思い出してちょっと目頭が熱くなってしまいました(涙)。あの場に立ってていただきたかったけど、でも、なんか…判事席からその気配を感じ取れるような気もして。きっと見守り続けてくださってると思う。

裁判を見に来ることに拒絶反応を示していたルシールでしたが、結局はレオのことが心配で裁判所に表れます。彼女の姿を見た瞬間に心底救われたような表情をしたレオにグッとくるものがありました。あれだけ針の筵状態になってましたから(弁護士のロッサーは「調子良さそうだね」なんて吞気なこと言ってるので頼りにならないww)救世主のように見えたんじゃないかなと思います。

しかし、ドーシーの演説が始まると場の空気はそれに飲み込まれるようにフランクへの憎悪がますます膨らんでいくかのよう。「マリエッタから~」の歌い出しがとても抒情的で、見ているこちらですらドーシーのメアリーに関する演説に聞き入ってしまう…。
そして演説内容は同情を誘うように「北部人のレオの会社は南部人の子供を奴隷として扱っている」と畳みかけ、さらに群衆の憎しみを煽っていく。

そして証人尋問へ。最初に呼ばれたメアリーの友達で彼女に思いを寄せていたフランキーは、メアリーが給料をもらうために会社へ行くと話したときに「レオから厭らしい視線を向けられるから本当は行きたくない」と言われたと証言。
でも、冒頭でフランキーとメアリーのやり取りの会話のシーンがありましたが、そんな雰囲気は微塵もありませんでした。つまり、フランキーは犯人がレオであると確信してしまっているがゆえに彼の中で架空の出来事を形成してしまい、それが現実の記憶になったんじゃないかなと思いました。思い込みって本当に恐ろしい…。それにおそらく、ドーシーが彼に色々吹き込んだというのも影響してたのかもしれない(実際、色んな人に工作行動やってましたからね)。

裁判:僕のオフィスにおいで

メアリーの友人だったアイオラ「工場長から如何わしい行為をされそうになった」と証言してしまう。このシーンの時、ライティングが妖しい緑色になり3人の女工たちにレオが厭らしい態度で接する姿が再現されるのですが・・・被告人席でちんまりしていたレオとは真逆の人物になってて見ていて「ひゃっ!!」って気持ちにさせられてしまう(笑)。演じてる石丸さんがめちゃめちゃ気持ちよさそうに「キモ男」になりきってるのがすごく印象的だったww。
しかも、このナンバーがジャズ調でカッコいいんですよね。不気味なシーンや黒い感情の時に限ってこの作品の音楽はノリがいい。だから思わず引き寄せられてしまうのかも。

そして次に登場したのはフランク家の家事手伝いをしていたミニー。彼女は固い表情で「奥様は旦那様から床で寝ることを強要されていた」とこれまた架空の証言をしてしまう。この言葉にルシールは「そんなことは絶対にない!」と猛反論し、レオも「嘘をつくな!恥を知れ!!」と激しく彼女を責め掴みかかろうとするところをロッサー弁護士に止められる。しかし、二人の反論を支持してくれる人はあの法廷には誰もいないんですよね…。それどころか、ワトソンの煽り文句に乗せられてますます憎悪が募っていくのが本当に恐ろしくてゾッとします。
それにしても、ここまでロッサー弁護士はほとんど活躍しておりませんw。やってることと言えばたまに「意義あり!」と叫ぶだけww。これじゃあの百戦錬磨なドーシーには叶わんなと思いながら見ておりました(笑)。

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裁判:あの子は許すでしょう/彼はそう言った

この裁判で一番辛いシーンなのが、メアリーの母親の証言シーンです。ミニーの件で怒りに震えていたレオもルシールも、ミセス・フェイガンの番になると居たたまれない気持ちになってしまいルシールは目を合わせることすらできませんでした…。この時のルシールの気持ちを想うと本当に居たたまれない(涙)。

ミセス・フェイガンは娘への愛情を切々と歌い上げた後に「あの子はこの事態になったことを許すでしょう」と加えます。その姿はまるで聖歌を歌うかのように神々しい…。しかし、レオ自身のこととなるとどうしても憎しみの感情を抑えきれない様子で憎悪の眼差しを向けていました。
キリスト教の観点から娘は今回のことを許すだろうと歌いながらも、レオは大事な娘を奪った憎き相手としか彼女の目には映っていない…。当事者であればこういう感情になるのは必然だと思ったし、致し方ないのですが…やっぱりやりきれない。彼は無実ですから…。

さらにミセス・フェイガンの証言のシーンでショッキングなのが、ドーシー検事がメアリーの事件当時のボロボロになったワンピースを一人一人に見せて回る場面。ルシールは夫の無罪を信じていますが、そのワンピースを持ってこられたときに目を合わすことができませんでした…。あまりにも残酷で哀しいシーンで見ているこちらも苦しかったです(涙)。

そんな重苦しい雰囲気の後にオケピ側から意気揚々と登場するのが、工場で清掃主任を担当していたジム・コンリーです。実は彼は前科者でしかも密かに脱獄してシャバに出てきていた超問題人物(汗)。裁判前にドーシーから弱みを握られたうえでレオに関する”証言”をするよう裏工作を受けていました。

まるで水を得たように嬉々として事件当日のありもしなかった出来事をべらべらと語りだすコンリー。この時のナンバーが実に迫力あるノリノリなロックナンバーで圧巻でした!!しかもここで盆が回転して客席にもコンリーがいかに得意げに作り話を歌っているかが分かる演出になっている。
それにすっかり影響されてレオへの憎しみをヒートアップさせていく傍聴人たちが非常に恐ろしくもあるのですが、俯いて必死に怒りをこらえているメアリーの母親の背中があまりにも哀しかった…。

裁判:ありのままの僕を

ジョージア州では被告人が身の潔白を語る機会が認められていなかったのですが、最終意見陳述をする権利だけは与えられていました。ロッサー弁護士は傍聴人の表情を見回した後行使しないと発言しましたが、レオはそれを遮り自ら語ることを選択する。

この時に注目したのは記者のクレイグです。彼は面白おかしく記事を掻き立てることに快感を覚えていましたが、裁判を傍聴するなかでレオへの憎悪が図られたように高まっていったことに疑問を覚えるようになっていたと思うのです。それゆえ、ロッサー弁護士が「行使しない」と発言した時に「なぜだ!」という表情をしていました。そんなクレイグの心境の変化というのも大きな見どころだったと思います。

まさに針の筵のような状況のなか、レオは「本当の自分を見てほしい」と切々と訴える。このシーンはもう、涙なしには見れません!!せめて客席だけは彼の味方でありたいと痛切に感じてしまう。レオの悲痛な表情、懸命な訴え、そしてあまりにも美しいメロディに激しく心が揺さぶられ…、思い出すだけでも涙が出る(泣)。

しかし、陪審員が下した判断は「有罪」でした。それにより、レオの絞首刑による死罪が告げられてしまう…。狂ったように喜び歌い踊る傍聴人たちの真ん中で、恐怖に震えながら立ち尽くすレオとルシール夫婦の姿が非常にショッキングでした。最後は舞台上に積もっていた紙吹雪を彼らに思い切り投げつけられる屈辱まで(涙)。
1幕の幕切れはあまりにも残酷で哀しすぎて、客電が付いた後も涙があふれてくるほどです。

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