ミュージカル『この世界の片隅に』東京公演千穐楽感想 2024年5月29日ソワレ(前楽)/30日(楽)

日生劇場で上演されたミュージカル『この世界の片隅に』を観に行ってきました。東京公演の千穐楽、両キャストの一つの区切り公演を見届けることができました。

同じ作品を2回連続見るというのは遠征観劇していた頃ぶりくらいだったかもw。最初は少し不安もあったのですが(汗)、見事にそれを払拭してくれる作品に出会えて本当によかったです。日本発ミュージカルでここまで心揺さぶられる作品が誕生したことが本当に嬉しかった。

これまで見てきた国産ミュのなかで一番”違和感”が少なかったのが何よりも大きい。原作の持つ良さを最大限に活かしつつ、「それぞれの居場所」といったテーマに絞ってドラマ展開させる演出がとても良かったと思います。
演出家の上田さんは2022年の『四月は君の嘘』で私の涙腺を大いに刺激させる作品を生み出してくれた方。今回の作品も”良い意味”でしてやられた私です。

アンジェラ・アキさんによる聴く人の心に優しく沁みる楽曲も本当に最高。一人が歌い上げるナンバーはないのですが、2度目の観劇にしてテーマ曲以外にも脳裏に残るナンバーがいくつも増えました。歌詞も音楽もものすごく素直で(歌のフレーズが繊細で心に残りやすい)、見る人の心の中にスーーッと浸透していくものばかり。見る回数を重ねるごとに好きな曲が増えていく喜びを感じていく作品なのかもしれない。ミュージカル初心者の方にも心地よく響いたのではないかと思います。
アンジェラさん、ミュージカル作曲家として復帰してくださったこと本当に感謝します。

さらに舞台美術がこれまた素晴らしいのです!右斜め上方向に回転する中央の巨大な盆をフル活用し、変わりゆく時代や人物の心情のドラマを紡いでいくのが良い。見る側の想像力が大いに刺激されより深く感情移入できたと思います。
また、大きな仕掛けが板の上ではなく背景に仕込まれているのも大きな見どころの一つ。原作の世界観と見事にシンクロしてて何度も大きく心揺さぶられました。

東京は集客の面で少しざわつきがあったようですが(汗)、私は本当に名作ミュージカルだと思えるほど大好きで。時代背景に”戦争”がある作品ではありますが、それをはっきりと主張したものではなくあの時代に生きたどこにでもいるような普通の優しい人々のドラマといった側面が強いと思うんですよね。
7月まで全国ツアー公演があるので、迷っている方がいらっしゃればぜひ劇場に足を運びこの作品の温かさに触れてほしいです。

喫茶コーナーにも可愛いコーナーがあることを東京楽にして初めて知りました。日生劇場、侮れないぞ!

ちなみに、物販ではハンドタオルとキャラメル(劇中で結構重要アイテムになってる)が売り切れになっていました。おそらくツアー公演ではまた販売されるのではないかと。

以下ネタバレを含んだ感想になります。

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2024年5月29日ソワレ(前楽)/30日 東京公演千穐楽 in 日生劇場(東京・日比谷)

概要とあらすじは5月14日観劇感想記事を参照してください。

上演時間は25分の休憩時間を含め3時間5分です(カーテンコールを除く)。

キャスト

  • 浦野すず:昆夏美(29日)/ 大原櫻子(30日)
  • 北條周作:海宝直人(29日)/ 村井良大(30日)
  • 白木リン:平野綾(29日)/ 桜井玲香(30日)
  • 水原哲:小野塚勇人(29日)/ 小林唯(30日)
  • 浦野すみ:小向なる
  • 黒村径子:音月桂
  • すずの幼少期:澤田杏菜(29日)/ 嶋瀬晴(30日)
  • 黒村晴美:鞆琉那(29日)/ 増田梨沙(30日)
  • 森山イト:白木美貴子
  • 浦野十郎、他:川口竜也
  • 浦野要一、他加藤潤一

<アンサンブル>

飯野めぐみ、家塚敦子、伽藍 琳、小林遼介、小林諒音、鈴木結加里、高瀬雄史、 丹宗立峰、中山 昇、般若愛実、東 倫太朗、舩山智香子、古川隼大、麦嶋真帆

全体感想

今回は前回感想の時よりも舞台作品の内容にけっこう触れてますのであしからず。

東京公演の前楽と楽の連続観劇でWキャスト制覇。

前楽の昆ちゃん✕海宝くん✕小野塚くん✕平野さんの組み合わせのイメージは、絵画に例えると「少しくっきりとした色使い」で描いた感じ。フワッとした優しさの中に少しピリッとする人間模様が組み込まれててちょっと大人な雰囲気が漂ってる印象がありました。

楽の櫻子ちゃん✕村井くん✕唯くん✕桜井さんの組み合わせのイメージは、絵画に例えると「淡いパステルカラー」で描いた感じ。どちらかというと、原作(私はアニメ映画しか見ていませんが)により近い印象を持ちました。ホワッとしていて自然体。

組み合わせキャストによってドラマの雰囲気が違って見えるのが舞台版の良いところ。どちらも心の琴線に触れる素晴らしい熱演でした。両バージョン一気に見れてよかった。

以下、特に印象に残ったシーンをいくつか振り返ってみたいと思います。

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1幕

冒頭の音楽が一音聞こえてきただけでブワッとこみ上げるものを感じました。映画版のときとは違った温かくそっと触れられたような安心感というか…、子すずと大人すずが登場して♪この世界のあちこちに♪を歌うシーンからもう涙が止まらなかった(泣)。

歌が進むにつれて様々な人物が次々に自分のテーマとも言えるフレーズを歌いながら登場してくる演出も胸を打ちます。優しい笑顔を浮かべている彼らのバックグラウンドが見えてくるような気がしてねぇ…。のっけから本当にドラマチック。

舞台版では、大人すずのシーンになっても子供すずが”もう一人の自分”としてたびたび登場してきます。言葉に出して言えない大人すずの気持ちを子供すずがそっと見守りながら代弁する(歌う)ような場面が何度も出てくるのがとても感動的でした。
また、同じ時代の呉に生きる市井の人々も舞台上手と下手に設置された階段状の高台セットに交代しつつそっと現れて北條家や浦野家をそっと優しく見守っている演出もグッときました。時に微笑みながら、時に涙ぐみながら・・・目立たないけれどその視線は常にとても温かくて泣けるのです。舞台全体が優しい眼差しに包み込まれているようだったな。

そして何より、すずのスケッチブックが舞台上で効果的に表現されているのが感動的です。彼女がスケッチブックに鉛筆で描き込んでいく世界観(原作者のこうのさんによるタッチのイラスト)がそのまま背景に同時進行で映し出されていくんですよね。最初にあのオープニング見たとき「あぁ、本当に”この世界の片隅に”の物語が始まるんだ」と実感して自然に涙が溢れてきたものでした。見れば見るほど心の中にジワぁ〜っと温かいものが広がって、こみ上げる感情を抑えることができなかった。
さらに全員歌唱で歌がぐわっと盛り上がってきたときの演出がまた涙腺を刺激(泣)。その光景の美しさと優しさに滂沱の涙が止まらなかった。あれは舞台ならではの感動だと思います。

1幕は冒頭以降中盤まで時代が行ったり来たりする構成になります。アニメ映画を見慣れていたこともあり最初に見たときは「もうあの重要なシーンを出してしまうのか」と少し混乱もしたのですが(汗)、2回目以降は自然と受け入れられてる自分がいました。舞台版は、どちらかというと原作よりもさらに深い”すずさん自身の物語”といった側面が強いなと感じたかも。

周作とすずが初めて出会うシーンの演出は盆と舞台板の間にできた空間をうまく使っていて視覚的に面白かった。映画で見たあのシーンを舞台でどうやって表現するんだろうと思ってたけど、あんな見せ方があったかと感動しました。子すずちゃんと小林諒音くん演じる少年時代の周作とのやりとりがほのぼのしててとても可愛い。普通緊迫するようなシーンでもこんなふうに優しい景色として表現してくるのが「この世界の片隅に」という作品の素敵なところだと思います。
そして”ばけもの”さんと”鬼いちゃん”を重ねてたのも面白かったなぁ。そうきたかっ!と心の中でがってんしてしまった。ゴリくん(加藤潤一くん)は背がデカいのでこの役柄にピッタリ。

”ばけもの”(本当は人攫い)さんから逃げる時に少年・周作はキャラメルをそっと握らせるのですが、これが後々すずとの絆を象徴するようなアイテムとなっていく展開もドラマチックでよかったと思います。

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病床にあったすずが見舞いにやって来た妹のすみと過去を振り返る場面。

すずが嫁入りする日のことを回想する展開をここで入れてくるのは違和感なかったのですが(祝言の席での川口竜也さん演じるすずのお父さんのはしゃぎっぷりは可愛くてツボww)、呉空襲の回想シーンは1幕のあのタイミングで出すのはちょっと早いんじゃないかなとは正直思いました。
戦争の厳しい背景が色濃くなるのはどちらかというと2幕からといった印象が強い作品なので、早い段階であれを見せてしまうというのはなんだかカラーが違うと云いますか…。そこでリンさんの顛末を見せられてもあまりピンとこないし(すずと出会うドラマの前段階だったし)、後半の展開にあまり響いてなかったような気がして(汗)。すごく重要な場面だとは思うのですが、もう少し違う魅せ方をしても良かったんじゃないかなと。

ただ♪焼き尽くすまで♪のシーンは視覚的にもとても鮮烈で、冒頭の印象的な「紙」の演出を全く違う景色として見せる演出は見事でした。緊迫した中にも壮大さを含ませた旋律も心に響きます。

ちなみに、すずが祖母から嫁入りの心得を教えられる場面。私も最初に映画を見た時には「傘」の例えの意味が分からなくてポカン状態だったのですがw、あれは”新婚初夜”の時の合言葉的なやり取りを指しているそうな。劇中に出てきた「にいなの傘」(新しい傘)は”清い体”という意味らしいのですが、おそらくすずはその意味を理解できないままあの夜を過ごしたのだと思われますね。
周作はすずが本当に持ってきた傘を使って干し柿を取ってきましたが、当時「傘」と同じ意味で「柿」の例えもあったことで採用されたのではないかと言われています。舞台上で周作が食べた干し柿は本物で(すずが取ったのは作り物)ほんとに食べてたのが印象的でした。

すずは嫁入りした後、慣れない生活のストレスからとんでもない”悲劇”に見舞われてしまいますが、見ているこちらとしてはその反応が可愛らしくて思わずクスっと笑ってしまう。そんなところもこの作品の大きな魅力のひとつ。

すずは北条家に嫁いでから彼女なりに必死に家事をこなしていましたが、周作のお父さんやお母さんは決して彼女を粗末に扱っていない。それどころかむしろ温かい目で見守ってるし優しいのです。でもやっぱり慣れない環境であのような”現象”が起こってしまったわけで。周作の姉の径子だけはすずにツンケンした態度を取っていたけど、舞台版は映画で見たよりもずいぶん柔らかいなと感じました。
なので、里帰りシーンは北條家の心遣いだという解釈で私は見てます(映画ではお母さんが「気づかなくてごめんね」と謝ってるしね)。舞台版でももう少しその行間が出てればなぁとは思いました。

里帰りシーンで泣けるのは、すずの父親がなけなしのお金を手渡す場面。表向きは本心を悟られまいと軽い雰囲気を装っていたお父さんでしたが、明らかに涙をこらえてて…。嫁ぎ先の娘のことが心配でたまらないといった親心がこれでもかというほど滲んでいた川口さんの繊細なお芝居に泣きました(涙)。すずもちゃんとその想いを受け止めてるのが伝わってくるし、短いけど本当に素敵な場面です。

今回の舞台化で一番期待していたのが、すずと哲の交流シーンです。もう本当に、あんな温かくグッとくる場面として魅せてくれて感謝しかなかった(涙)。

舞台版ではカットされてますが、哲は家族に降りかかった悲劇の影響で学校では皆から敬遠されてしまうような乱暴な少年でした。ある日の教室で、すずは小さくなるまで大事にしていた鉛筆を哲のせいで失い悲嘆に暮れてしまうのです。このバックボーンが登場しないので、哲がすずに少し気まずい表情をしながら”お兄さんが使っていた長い鉛筆”を手渡す場面が初めて見る人にはちょっと伝わりづらかったかもしれません。
が、そのことを差し引いたとしても・・・すずと哲の丘の上のスケッチシーンは涙無くして見られないくらい感動的な光景でした。もう本当にめちゃめちゃ泣いたよ。

小学校時代のエピソードではありますが、大人すずと大人哲で演じられているのも良かった。子供らしい微笑ましいシーンというよりも、お互いに淡い恋心が芽吹いた大事な瞬間として観る者の胸に刻まれる感じ。まだそれが”恋心”だとは気づかないまま、あの瞬間に確かに”大切に想う気持ち”が存在してた。この時の二人の表情が本当に柔らかくて繊細で…キュンとくるけどすごく泣けるのです。
さらに涙腺を刺激するのが、この場面で歌われる♪波のウサギ♪でした。この歌の歌詞にあるフレーズがもう…思い出しただけでも涙がこみ上げてきてしまう(涙涙)。最初に聞いた時は「え!?もうこんな序盤でそのフレーズが…」と衝撃受けたのですが、哲の顛末を知ったうえでこの歌を聞くともう堪らないです…。それを主に少女すずが下手側の高台から二人を見つめて歌ってるっていうのがよけい涙を誘いましたね(泣)。

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昭和19年の春が過ぎる頃には戦況が悪化して呉の人々の暮らしも緊迫してくるのですが、この作品ではその厳しささえもどこか明るく弾んだ雰囲気で描いているのがとても素敵だなと思います。

特に印象深いのはご近所3人衆で元気に歌う♪隣組のマーチ♪。これは最初に見た時からめちゃめちゃ頭に残った楽曲。思わず一緒にあのリアクションしたくなっちゃうような楽しい旋律です。3人の元気な”おばちゃん”たちにボンヤリすずさんが巻き込まれていく感じも本当に可愛くてホッコリしました。

また、♪防空壕ポルカ♪も印象深いです。戦況が厳しく生命の危険も迫るなか、「生き残るために力を合わせて頑張るぞ」と逞しく元気に壕を彫り続けるんですよね。ここに家財を運んでやってきた径子が突然アッケラカンと「離縁してきた」って告げて周囲が驚くシーンも面白い。そこには悲壮感は一切なくて、むしろ皆すごく明るいので見ているこちらもめちゃめちゃ救われる感覚がありました。こういう雰囲気もアニメで見た通りだなと嬉しくなります。

ちなみに、防空壕の下がオーケストラピットになっているそうで。

このセットほんとすごいなと思った。

防空壕彫りの休憩時間にスイカを食べながらすずは幼い頃祖母の家で出会った”座敷童”のことを思い出す。最初にこのシーン見た時も「もうリンさんの過去を明かしてしまうのか」とビックリしたのですが(汗)、ここはそんな違和感なくてむしろ自然だったなと。
その当時を思い出したすずは祖母から「優しいと言われたのは初めてで嬉しかった」と語り、大人リンは違う場所で当時を振り返り「優しくされたのは初めてだった」と感慨に浸る(♪スイカの歌♪)。この時点ではまだお互いを認識していない二人がお互いのことを想い合っていて、それがなんだか温かくて無性に泣けました(涙)。

楠公飯での家族の反応や、晴美のためにすずが描いたスケッチを憲兵に見つかり「間諜」(スパイ)だと疑われるシーンも舞台で見れて楽しかったです(憲兵が帰った後の径子たちの反応はアニメ版の方が濃いけどww)。

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闇市に砂糖を買いに行ったすずでしたが(アリに食べられた上に水に落として溶かしてしまったためw)、混乱する町を歩くなかで迷子になり遊郭「二葉館」に辿り着く。ここでついにリンと対面。道を教わり、さりげない会話を交わしつつ”その場限りではない感情”で結ばれていく二人の姿が印象深かったです。

初秋の頃、周作はさりげなくすずをデートに誘うのですが…わざと忘れ物をして届けさせて二人きりになるという作戦が何とも不器用で可愛らしい。そんな彼の気持ちが嬉しいすずが「しみじみニヤニヤしとるんじゃ」と照れる姿はこれまた最高に愛らしくてホッコリします。客席からもけっこう笑い声が漏れてました。
このあと二人は初めて映画館に行くわけですが、映画よりも隣り合って一緒に座っていることにドキドキして気持ちを高ぶらせているのがめちゃめちゃキュンでしたw。この時歌われるデュエットナンバー♪醒めない夢♪は本当に名曲。音の高低差がけっこうあるんだけど、旋律は柔らかくて温かくて周作とすずの想い合う気持ちを包み込むような雰囲気だった。特に二人の指と指が触れ合うシーンの歌の盛り上がりが感動的で思わず涙してしまったよ。

ところが、このデートから程なくしてあるきっかけですずは周作の過去を知ってしまう。映画でも思ったけど、小林の伯母さん、なんでも喋ればいいってもんじゃないよ~~(苦笑)。まぁ、今でもああいうタイプのおばちゃん、いますけどねw。この役を飯野めぐみさんが演じているっていうのが最初驚いたんだけど、めっちゃハマってた。
この時点ではすずは周作がかつて気にかけていた人が誰だったのかは知らないことになってます。

妊娠していなかった事実を告げられ落ち込んだすずが救いを求めるようにリンの元を訪れる場面。なんだか運命に導かれているかのよう。リンは明るい口調ですずを元気づけるのですが、それとは裏腹に彼女から出てくるワードは壮絶なものばかり。リンさん、ここに至るまでどれだけ辛い思いをしてきたのだろうかと。あんなに明るく笑いながら話せるまでのことを想像すると胸が痛むんですよね…。
元気を取り戻したすずでしたが、別れ際にリンの名前を教えてもらった時に衝撃を受けてしまう。そしてすずの名前を知ったリンもすべてを悟り静かにそこを去っていく。二人で語り合った時間が優しさに満ちていたからこそ、辛く残酷な宿命に心が痛む1幕ラストでした。

2幕の感想以降は次のページにて。

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