劇団四季ミュージカル『ノートルダムの鐘』を観に大阪四季劇場へ遠征してきました。
ここ最近は四季のみならず舞台作品に通う機会がめっきり減ってしまいましたが(汗)、この演目だけはどうしても観に行きたくて前売りの時にゲットしていました。大阪遠征も久しぶり(ウィキッド以来!?)。飯田洋輔くんが在団中は通いまくってた劇場なので、なんだかここに来るとホッとします。
今回もグッズの種類が豊富でどれを買うか迷ってしまうレベル。
とりあえず私が購入したのは、大阪限定チャーム(限定物は外せないw)とキャラクターステッカーと新作のクリアファイル。パンフレットもやっぱり買っちゃうw。ほかにも手が伸びそうなグッズあったのですが、手持ちの予算がよぎり理性で堪えました(笑)。
個人的にはステッカーが可愛くてお気に入り。以前はこういうタイプのステッカーはなかったと思うので嬉しい。コレクションにもぴったりです(←私コレクター気質バリバリなのでw)。
劇団四季での『ノートルダムの鐘』初演は2016年の東京ですが、大阪は今回が初めてというのがちょっと驚きです。京都では何度か上演されていますが、大阪に来るまでにはずいぶん時間がかかったのだなと。
大阪初上陸ということで今回初めて観劇されるお客さんも多かったのではないでしょうか。京都で見た関西ファンも多いとは思いますが(私も遠征したしw)、期間限定とはいえ大阪で新たなノートルダムファンがまた増えたのではないかなと想像します。
ミュージカル『ノートルダムの鐘』はディズニー制作なので楽曲はアニメ映画に登場するナンバーが多く登場しますし、新曲も数多く加わっています。
しかし、ストーリー内容はアニメ版とはかなり違います。舞台版は原作の物語と1996年公開のディズニー長編アニメ映画を融合させた作品となります。
アニメ映画と比較すると・・・、登場するキャラクターや大まかなストーリー概要は変わりませんが、舞台版にはアニメ映画のような柔らかい雰囲気は殆どありません。アニメ映画が”ファンタジー”要素を織り交ぜた雰囲気なのに対し、舞台版は原作に沿った”人間”についてトコトン深堀するようなシビアで重厚な雰囲気が終始流れています。
なので、小さなお子さんにはまだ難しい内容になるんじゃないかなと…。アニメ映画の舞台化だと思って観に行くとクライマックスからラストで”心が火傷する”って感じなので(現に初演を見たときの私がそうだった 汗)、舞台版はそれとは別物という意識で見たほうがいいと思います。
ただ、人間の内面に深く迫る内容なので・・・混沌とする今の時代にこそ多くの人に見て感じてほしい作品だと思います。重厚でドラマチックな人の感情を歌うナンバーの数々も聴き応え十分です。劇団四季作品の中でも特にお勧めしたい一作だと思います。
以下、ネタバレを含んだ感想になります。
上演概要
原作・作詞・作曲・脚本・演出
- 原作:ヴィクトル・ユゴー『ノートルダム・ド・パリ』
- 作曲:アラン・メンケン
- 作詞:スティーヴン・シュワルツ
- 脚本:ピーター・パーネル
- 演出:スコット・シュワルツ
※ヴィクトル・ユゴーは『レ・ミゼラブル』の原作者としても知られています。また、作詞作曲のお二人は『ウィキッド』も手掛けている名コンビです。
※演出のスコット・シュワルツさんの記事はこちら
上演時間
- 第1幕:80分(約1時間20分)
- 休憩:20分
- 第2幕:約55分
- 合計:約2時間35分(カーテンコールの時間は含まず)
※四季のカーテンコールは毎回7~8回以上あることが殆どなので、終演時間が延びることが多々あります(汗)。
過去の上演
世界初演:1999年~2002年(ドイツ・ベルリン)
改定英語版:2014年(アメリカ)
劇団四季上演記録
- 日本初演(東京):2016年12月11日~2017年6月25日(四季劇場・秋)
- 京都公演:2017年7月23日~9月28日(京都劇場)
- 横浜公演:2018年4月8日~8月28日(KAAT神奈川芸術劇場)
- 名古屋公演:2018年9月22日~2019年5月19日(旧名古屋四季劇場)
- 京都公演:2019年7月31日~2020年1月19日(京都劇場)
- 福岡公演:2020年2月17日~6月14日(キャナルシティ劇場)
※コロナ禍の影響により2月下旬よりほぼ公演中止状態に… - 横浜公演:2022年5月21日~8月7日(KAAT神奈川芸術劇場)
※コロナによる中止公演期間あり - 京都公演:2022年12月18日~2023年4月9日(京都劇場)
- 東京公演:2023年5月14日~8月6日(JR東日本四季劇場[秋])
- 大阪公演:2026年7月22日~2027年2月7日(大阪四季劇場)←今回観劇
2027年4月から横浜公演予定。
劇団四季ミュージカル『ノートルダムの鐘』これまでの感想一覧
公式あらすじ
15世紀末のパリ。街の中心に存在するノートルダム大聖堂の鐘突き塔には、カジモドという名の鐘突きが住んでいた。
幼き時に聖堂の聖職者フロローに引き取られた彼は、大聖堂に閉じ込められ、外の世界と隔離されていた。
塔上から街を眺めて暮らす日々。友と言えば、何故か彼を前にした時に生命を宿す石像と鐘だけ。いつも自由になることを夢見ていた。
今年も、年に一度の“道化の祭り”の日がやってきた。
大いに盛り上がる人々の様子に堪えることができなくなったカジモドは、石像たちにそそのかされ、塔を抜け出した。美しきジプシーの踊り子エスメラルダと出会う。折しも、最も醜い仮装をした者を決めるコンテストが始まったところ。自分が持っているものを活かすべきと言うエスメラルダに手を引かれ、カジモドはステージに上がる。
しかし、もてはやされたのも一瞬、聴衆は残酷なまでに嘲りの言葉を浴びせ、彼を捕えようとする。エスメラルダは咄嗟(とっさ)にかばう。
大聖堂へ戻ったカジモド。彼を大衆の面前にさらしてしまったことの責任を感じたエスメラルダも、後を追う。
差別の情なく、誠実で優しい言葉をかけるエスメラルダ。カジモドにとっては生まれて初めての経験。彼女へ愛を抱くことは必然だった。一方、聖職の身でありながら、エスメラルダの美しさに邪悪な欲望を抱いたフロローは、市民と教会を守るという名目で、大聖堂警備隊長フィーバスにジプシー排除を命じ、彼女の捜索を始める。
<公式HPより抜粋>
キャスト(配役)
- カジモド:寺元 健一郎
- フロロー:芝清道
- エスメラルダ:宮田愛
- フィーバス:佐久間仁
- クロパン:白石拓也
<男性アンサンブル>
野村数幾(フレデリック、他)、奥田直樹(ルイ11世、他)、村山剛、長尾哲平、高舛裕一(聖アフロディージアス、他)、佐藤圭一、手島章平(ジェアン、他)、大木智貴
<女性アンサンブル>
小川晃世(フロリカ、他)、近藤きらら、時枝里好、坂井菜穂(マダム、他)
<男性クワイヤ(聖歌隊)>
土井夏以、菱山亮祐、柳隆幸、一條晃輝、持木悠、千葉晃樹、橋元聖地、塙康平
<女性クワイヤ(聖歌隊)>
柳葉奈、相原れいな、中塚さき、高居洋子、織笠里佳子、川目晴香、小島由夏、北野有希依
※大阪四季劇場のキャストボードが電光掲示板に進化していてビックリ!中央からキャスボ撮影するための列も整備されていて、こういうところはさすが劇団四季だなと思いました。
観劇感想/キャスト感想
本編感想
今回の座席は1階席上手サイドゾーンのやや後ろです。座高が低いので多少の見切れはありましたが、ほぼストレスなく見れました。ちなみに見え方のストレスが大きい人に対しては四季のスタッフさんのきめ細かなサービスがある場合があります(状況によりますが)。今回もスタッフさんの気遣いで視界が改善していた方を何人か見ましたので、トラブルを避けるためにも座席の問題があるときは相談するといいかもしれません。私も過去にお世話になったことあるし…。
まず感想を書く前に少しだけ。
私が観劇した7月28日、令和8年熊本地震が発生しました。発生直後は状況がよく分からなかったのですが、ソワレ公演が始まる前には様々なニュースがネットに上がってきていて…。劇場で深刻な状況を知るたびに非常に胸が痛んでおりました。そんな時期に観劇してもいいのだろうかという罪悪感すらこみ上げたほどです。
前に大きな熊本地震が起こってからまだ10年。しかも酷暑のなかライフラインが閉ざされた地域も多いと聞き、なぜこの時期にまた熊本で…と居たたまれない気持ちになります。
様々な気持ちが入り混じった中で見た『ノートルダムの鐘』。この演目では神に祈りを捧げる歌もいくつか出てきます。特にクワイヤ(聖歌隊)の歌は天に捧げるかのような音色が非常に美しい。今回は劇中鳴り響く鐘と聖歌に祈りを込めながらの観劇となりました。
改めて、九州・熊本地震で犠牲になられた方への哀悼の意を捧げます。そして被災された方のご健康と共に一日も早く平穏な暮らしを取り戻せますよう祈っています。
京都以来約3年ぶりの『ノートルダムの鐘』(前回の観劇感想はこちら)。やはり何度見ても心を揺さぶられるし見終わった後に色々なことを考えずにはいられなくなります。今回は特に「この世は残酷だ」というフレーズがリアルに胸に迫った気がする。
この作品にこんなにも胸揺さぶられる要因はいくつもあるわけですが、個人的には”役者がキャラクターを演じる人間劇”という演出方法を取っていることが一番大きいかなと思っています。
クワイヤから主演俳優、アンサンブルまで、一番最初のシーンで舞台の上に立っているのは「まだ何者でもない語り部としての人間」なんですよね。
そんな彼らが、一言目のセリフをきっかけに『ノートルダムの鐘』の世界の住人となりキャラクターを憑依させていく。そこから見ている側も一気に惹き込まれていくのですが、すべての物語が終わった後に再び彼らは「語り部としての人間」に戻るのです。だからこそ、終演後に私たちは『ノートルダムの鐘』に生きた人たちのことを深く考察したくなる。その”人間”という存在をリアルに突きつけてくる演出が本当に毎回グッとくるんですよ。改めてすごい作品だなと実感しました。
以下シーンごとに少し振り返ります。
オーリム(いつか)/ノートルダムの鐘
美しく荘厳に響き渡るクワイヤの天使のような歌声から重々しい鐘の音が響き渡り「ノートルダムの鐘」の物語が一気に動き出す冒頭。ここのシーンの吸引力は半端ないです!!フロローが登場してからカジモドが成長するまでを一気に約12分で見せていくのですが(この間は客席への途中入場できません)、これが本当にドラマチックでいつの間にか世界観にどっぷりな状態になるんですよね。これがあるから「ノートルダム~」観劇はやめられない!と思う。
この冒頭で一番注目してしまうのはフロローです。教会に拾われる前のフロローは自由奔放な弟のジェアンを純粋に愛する兄だった。しかし彼が教会と密接になっていくにしたがって運命の歯車が狂いだしていくわけで…。真面目だけでなく常に”清く正しく”あらねばならないという暗示を自分にかけてしまったフロローが哀れに思えてしまう。
ただ今回見て、それ以上にフロローが本来持っていたであろう”狂気”的な部分も垣間見えていてゾクッと背筋が凍る瞬間がけっこうありました。生真面目と狂気が表裏一体みたいな…そんな危うさが感じられたんですよね。
陽ざしの中へ
ノートルダム寺院の鐘つき堂でフロローの庇護を受けていたカジモド。外の世界を何も知らないカジはフロローに畏怖の念を抱いていましたが、彼だけが自分を守ってくれる存在だと信じきっている。
この場面、今まではフロローのカジモドに対する”父性”みたいなものもチラホラ垣間見えていたように感じていたのですが…今回の芝さんフロローからはそれがなかったんですよね。カジモドを見つめる視線が”支配者”の目で…それがけっこう衝撃的だった。権力を持った人間の怖さみたいなものがひしひしと伝わってきてめっちゃ怖かったよ!!
そんな抑圧された生活の中で、カジモドは”友達”のガーゴイルとワイワイしながら次第に下界で行われる「道化の祭り」に参加したいという欲求が抑えられなくなっていきます。少しの間だけでも自由になりたい、解放された気持ちになってみたいというカジモドの気持ちが手に取るように伝わってくるこのナンバー。アニメ映画にも登場しますが、舞台版はそれよりさらに自由を求める彼の気持ちが胸に迫ってきて毎回ウルウルしてしまいますね(涙)。
トプシー・ターヴィー/タンバリンのリズム
ジプシーの王様と呼ばれるクロパンが中心になって開催される「道化の祭り」。どんなことをやっても無礼講!といった解放感が楽しいです。「ノートルダム~」のなかで唯一ウキウキしながら見れるシーンかもしれない。こそこそとマントに身を隠しながらワクワクドキドキしながら祭りのなかを右往左往してるカジモドも可愛いしね。
この場面で物語の最重要人物でもあるフィーバスとエスメラルダが登場。
フィーバスは一見遊び人に見えますが、そうなるに至るまでの過去が短いながらも歌で語られているのが個人的に好き。あんな過酷な環境にいたら、そりゃそういう気持ちになるのも分かると感情移入してしまう。
そしてエスメラルダのタンバリンの舞!!!毎回思うけど、なんと魅力的なことよ!!!男女共に惹きつけられるのが納得でございます。ここ本当にカッコいいので何度も見たい!ってなっちゃいますね。
で、このダンスにカジモド、フィーバス、そしてフロローまでもが骨抜きにされるのですが…、フロローの心の動きに注目ですよ。エスメラルダの赤いスカーフを一度は手にしながら我に返って投げ捨て十字を切る。それでもずーっとチラチラ気になってて…。
カジモド襲撃事件の後に誰もいなくなったところで彼は欲望に負けてしまうのです。ここは非常に重要なシーンでもあるんじゃないかなと思ってて。赤いスカーフに顔をうずめた後誰にも見られないようにササッと懐にしまう姿はかなりゾクっときます。
あとやっぱりカジモドの祭りの顛末は毎回胸を抉られます。人間の二面性がものすごく剥き出しになっていて…。ここは映画版よりも残酷に映りますね。なので余計にエスメラルダの柔らかな優しさが胸に沁みるのです。孤独を知る者だからこその共感って感じかな。
カジモドは初めて触れる他人の優しさに心を揺さぶられ、その気持ちはやがて憧れから淡い恋へと発展していくわけで、それを知りながら見ると切なくなります(涙)。
神よ 弱き者を救いたまえ
カジモドを追いかけてノートルダム寺院に足を踏み入れたエスメラルダを見つけるフロロー。フロローはエスメラルダに芽生えた邪な感情をひた隠しながら彼女と会話するわけですが、ジプシーとしての生き方に誇りを持っている彼女とはなかなか嚙み合わない。ちなみに”ジプシー”は当時移動民族として差別されてきた歴史があります。それゆえ現代は差別用語として使わないようになっているとのこと(代わりに”ロマ”と呼ばれているそう)。
フロローからはエスメラルダとの会話の中に何とか共通点を見出したいという執念が感じられます。
そんなとき、「あなたがしてほしいことを相手にしてあげるべきじゃないの?」という彼女の言葉に光を見てしまったフロロー。その言葉は、彼が信仰するイエス・キリストの言葉と同じだったから…。その瞬間、フロローはエスメラルダは自分のテリトリーに入れるべき人物だと思い込み彼女への歪んだ欲望を増幅させてしまうんですよね…。これが悲劇の始まりになるというのが本当に皮肉というかなんというか…。
フロローの醜い感情が自分の発言で動き出したことを知らないエスメラルダは、教会の荘厳な美しさに心を奪われ”救いを求める人たちに恵みを与え給う”と祈りを捧げます。その歌声はまさに聖歌の響き。照明も柔らかくとても美しいワンシーンです。
世界の頂上で
祈りの後にカジモドを見つけたエスメラルダは、怯えて逃げる彼を追いかけて鐘つき堂へと足を踏み入れます。カジモドはエスメラルダにどう対応していいのか分からずまともに返事も返せない。それでもエスメラルダは懸命に彼に寄り添おうとしてくれていて…、その気持ちが通じて初めてカジが彼女の名前を呼ぶシーンはとても感動的です。
高所恐怖症を告白して手すりに近づくのを怖がるエスメラルダを前に、得意げに柵の上を歩くカジモド(ガーゴイルたちの助けもありますが)は今までにない笑顔を浮かべていて本当に可愛らしい。そんなピュアな彼の存在に惹きつけられ勇気を出して手すりに座りカジと向き合うエスメラルダ。二人の心の距離が縮まる心温かい大好きな場面で(アニメ映画には登場しません)、見るたびに涙がこぼれてしまいます。カジモドのエスメラルダに向ける屈託のないピュアな笑顔がめちゃめちゃ涙腺刺激するんですよ(涙)。
これまでカジはフロローの庇護のもとひっそりと暮らしてきましたが、彼が与えてきたのは愛情ではなく義務と支配でしかなかったように思うんですよね。だからこそ、初めて触れた偽りのない純粋で柔らかなエスメラルダの優しさはカジモドの心を揺さぶらずにはいられなかったんだと思います。毎回このシーン見るたびに「カジ、よかったねぇ…」って胸が熱くなる(泣)。
しかしテンションが上がったカジモドが鐘を鳴らしまくったせいでフロローが鐘つき堂に駆け付けてきてしまう。この時真っ先にカジモドを制圧しようとしたフロローでしたが、エスメラルダの存在を確認するとその迫力がスーッと影を潜めていく。この時のフロローの狼狽えっぷりだけは人間的でちょっと可愛らしいw。
カジモドを去らせてエスメラルダと二人きりになったフロローは彼女をじわじわと自らのテリトリーへと引きずり込もうとする。しかし、これまで様々な男を見てきたエスメラルダはフロローの目に邪な感情が宿っていることに気づいてしまい拒絶する。このシーンの悲劇は、フロローがこの時点に至っても”自らこそが正義だ”と信じ切っていることなんじゃないかなと…。
エスメラルダへの男としての欲望が増していきながらもそれを認めるどころか見ようともしない。あの瞬間から彼の中の理性は壊れたんじゃないかと。そう思いながら逆ギレするフロローを見るとめちゃめちゃホラー(震)。エスメラルダ、とんでもない人物に目をつけられてしまったなと…。
酒場の歌
カジモドには「二度とエスメラルダと会ってはいけない」ときつく釘を刺しておきながら、フロロー自身は自らの欲望に全く抗うことができずに彼女を求めていかがわしい酒場に足を踏み入れてしまう(汗)。フロローの中の精神的ブレーキが壊れてる状態で怖い。
するとその店にエスメラルダを忘れられなかったフィーバスがやってくる。彼は堂々と彼女の前に現れてアプローチをかけキスまで行っちゃう。その一部始終を目立たないところから目撃してしまったフロロー(汗)。もう昼ドラも真っ青なサスペンス状態ですよ(汗)。
でもフロローは自分の立場上エスメラルダに正面切ったアプローチをすることはできない。そこを踏み越えることは”聖職者”のプライドが許さなかったんでしょう。こういうところは理性が働くわけですが、フィーバスに突然先を越されてしまった嫉妬心はフロローの中で暴走しまくる最悪の結果に(怖)。このシーン見るたびに、人間は愚かな生き物だなと実感してしまいます。
天国の光/地獄の炎
怪しい酒場での出来事を露知らぬカジモドは、フロローに会ってはいけないと言われながらもエスメラルダへ想いを馳せながら夜空に向かって歌っている。その姿はあまりにもピュアで美しく愛らしく…なんだかとても切ないのです。嵐の前の静けさって感じで、カジが純粋であればあるほど泣きたくなるんだよね(涙)。
一方のフロローはエスメラルダとフィーバスの熱いキス現場を目撃してしまってから全く心が整っていない状態で神に祈りを捧げている。激しい嫉妬心はやがて彼の中でさらに暴走し制御不能状態に。あくまで自分自身を正当化させながら、そのうえでエスメラルダを我が物にしたいという欲望から逃れられず突っ走ってしまうフロローは恐怖でしかないです。礼拝の場所が彼の狂った感情で焼き尽くされていく!まさに”地獄の炎”そのものな光景でした。
カジモドに対しても庇護ではなく支配するといった雰囲気でしたし、自分こそが正しいと思い込めば思い込むほど”人間”としての尊厳を失っていくフロロー。それがただただ恐ろしかった。
エスメラルダ
エスメラルダへの狂気の執着へと舵を切ったフロローは、フィーバスをも巻き込んで彼女を捕縛するための大捜索に出る。この時フロローが歌う「悪人は罰を受ける」という呪いの言葉のようなフレーズがめっちゃ悪魔で恐ろしい。このワードが2幕後半で彼自身に降りかかると思うとその皮肉も頭をよぎってしまうんですよね。
フィーバスはエスメラルダに恋をしていますが上官の指示には従わなければいけなくて、ジレンマを抱えながらもフロローの命令に背くことができません。そんな忠実な兵士だったフィーバスでしたが、フロローの狂気を真正面から感じたときに自らの”良心”と対峙することになる。そこを経ての彼の行動は本当に勇気があるもので、とても感動的です。
エスメラルダはあの時、フィーバスが本当に信頼できる人物だと確信したんじゃないかなと思いました。
一方、外の世界へ出ることができないカジモドはエスメラルダを泣きそうな気持で案じながらも行動に移すことができません。町の惨劇を目の当たりにしながら自分の無力さに打ちひしがれ、ただエスメラルダの名前を叫ぶことしかできないカジが切なくてやっぱり泣いちゃいました(涙)。
カジモド、エスメラルダ、フィーバス、フロロー、それぞれの想いが爆発するように重なって歌われる1幕ラストは圧巻です。心が震えてただただ涙が溢れます。
2幕冒頭のクワイヤによる♪アンクラクト♪は荘厳な聖歌そのものです。今回は特に熊本地震のことも頭にあったので、皆さんの歌声に祈りを重ねながら聴き入りました。
エジプトへの逃避
自分を庇い傷ついたフィーバスを匿ってほしいとひそかにカジモドの元へやってきたエスメラルダ。最初は難色を示すカジモドでしたが、エスメラルダの懇願に負けて渋々引き受けることになります。さらにエスメラルダから”特別”なペンダントをもらってフニャるカジモドが愛らしい。彼女が自分を特別視してくれたんだってテンション上がってるように見える。
でも、きっとエスメラルダはカジに対して”友人”としての感情しかないと思うから、そのあたりの食い違いを考えると切ないシーンでもあります。
エスメラルダが去った後、カジモドはガーゴイルたちに「英雄か聖人になるべく行動しよう」と背中を押されまくる。それでも勇気が出ないカジモドがその答えを求めたのは、いつもフロローがカジモドに話して聞かせていた人物・聖アフロディージアスでした。
アフロディージアスの話を聞いているうちにだんだん勇気が芽生えていくカジでしたが、その途中でフィーバスが目を覚ましてちょっとした二人の小競り合いが起こります。このやり取りもけっこう可愛らしくて好きなんですよね。フィーバスもカジにちょっと嫉妬してるんで、匿ってもらってるのに態度が尊大だったりしてww。それにカジがムカッときてみたいな。フロローが近づいてくるときのカジの行動が面白いので必見(笑)。
フロローはカジモドにいつもより柔和に接してくるのですが、その目は全然笑ってなくてむしろ悪意に満ちてるようにしか思えないのが恐ろしい。フィーバスを隠してることを勘づかれたくなくてアタフタしてるカジモドに何かしらの嗅覚が働いていたのではないだろうか(カジ、挙動不審すぎたしw)。
それでもフロローはカジモドに「時々本当の息子のように思うよ」と彼を抱きしめ懐柔させていく。その言葉だけ聞くと、フロローにも父性はあったのかと思ってしまいがちですが・・・表情は家族のそれではなく”支配者”としての企み顔が浮かんでるんですよね。それがめちゃめちゃホラーで背筋凍りまくった(怖)。
それからカジモドの前でこれ見よがしに「ジプシーたちの隠れ家が見つかった」という部下とのやり取りを聞かせて見せるところも怖い。カジモドを騙すことなど造作もないことと言わんばかりの表情してたよ(震)。
奇跡御殿
フロローが去った後、カジモドとフィーバスは小競り合いを繰り広げながらもエスメラルダ救出に向かうことを決意。カジもフィーバスもエスメラルダへの恋心を隠さないでやり合ってるところがなんとも面白くて可愛らしい。本人たちからすれば憎きライバルなんですけどww、見てるこちらからすると兄弟喧嘩のようにも見えてきてちょっとホッコリするのです(緊迫シーンが多いのでなおさら)。
なんだかんだありながら二人で奇跡御殿の場所に向かう場面は演出も面白いです。アンサンブルさんたちが語りながら時にセットの一部(町角)になりながらカジたちの前に立ちふさがる。それがすごい臨場感あって見ごたえあり。
何とか”奇跡御殿”にたどり着いたところまでは良かったけれど、警戒心が強いクロパンに見つかって処刑の危機に陥ってしまう二人。あのシーン、エスメラルダもっと早く来てくれー!と何度見ても思っちゃう(汗)。
奇跡もとめて
フィーバスたちから危険を知らされたクロパンは仕方なく居場所を移す決意をする。「今度こそ長居できると思ったのに」と膝をついて悔しがるクロパンの無念さはグッとくるものがありました…。
エスメラルダもクロパンに同行する決意を固めますが、それは同時にカジモドやフィーバスとの別れも意味します。その現実を突きつけられた後のカジモドとフィーバスの選択の場面は涙なしには見られません…。
フィーバスはすべてを捨ててでもエスメラルダと共にジプシーとして生きていく覚悟を固める。それは並大抵な決意ではなかったものの、エスメラルダを強く想うフィーバスに迷いはありませんでした。その決断にエスメラルダは彼への恋心を自覚し二人の心は結ばれました。
哀しいのは、ノートルダム寺院から離れるという選択肢を選ぶことができなかったカジモドです。カジはエスメラルダを救うために自分の居場所にずっと匿おうとしましたが、彼女は一か所に留まることを望んでいません。つまり、エスメラルダはカジモドの愛を受け入れることができないのです。
共に行動することを選んでくれたフィーバスとの愛を選択したエスメラルダ。その現実を目の当たりにしたカジモドの痛みと絶望を想うと涙なしには見られません(泣)。高いところから「僕は醜いから」と涙しながら選ばれなかった哀しみを歌うカジモドが切なくてたまらなかったよ…。そうじゃないんだよって伝えてあげたいのにそれができないもどかしさが苦しい(涙)。
それでもカジモドはエスメラルダとフィーバスの幸せのために身を引くんだよね…。ここは本当に見ていて胸が痛んで仕方ないです。
しかし悲しんでいる余韻は少なく、すぐにフロローが奇跡御殿に乗り込んでくる。カジモド達の後を秘かに追跡して発見したというのがなんとも心憎い。エスメラルダとフィーバスは嫉妬に狂ったフロローに捕らえられ、カジモドは鐘つき堂の中に監禁されてしまう。
いつか
最初は個別の牢に囚われの身となったエスメラルダとフィーバス。処刑前の夜、フロローはひそかにエスメラルダの牢を訪れて力づくで彼女を我が物にしようと暴挙に出る。もはや慈悲の心など塵となったフロローは自分の欲求を満たすための”怪物”に成り果ててしまった…。
エスメラルダに彼女が投げた赤いスカーフを見せながら迫るフロローの姿はもう恐怖以外の何物でもないです(震)。今回は過去一ホラーに感じたかも…。自分の欲を満たすためなら形振り構わないといった行動がひたすら恐ろしく感じました。
自分の想いがどうあがいても報われないと悟ったフロローは逆ギレしながらも、別の牢に閉じ込めていたフィーバスをエスメラルダの牢に入れるよう指示。最初はこの行動が腑に落ちなかったんだけど、今思うと…、二人の愛をさらに高めさせてから引き裂くといった鬼畜な行動だったんじゃないかなと(怖)。
エスメラルダとフィーバスは処刑までのわずかな時間、お互いの存在を刻み込みながらお互いの愛情を確かめ合います。美しく儚い二人の歌声が胸に迫ってきて泣ける(涙)。このシーンを見るたびにミュージカル『アイーダ』のクライマックスシーンを思い出すんですよね。アイーダとラダメスが死の間際まで寄り添いあっていた姿が重なってなおさら切なくなる(涙)。
石になろう
エスメラルダとの恋が実らなかった哀しみに加え、フロローによって身動きを封じられ監禁状態とされたカジモドは絶望に打ちひしがれてしまいます。いつもは耳を傾けてきたガーゴイルたちの励ます言葉も全く耳に入らず、自暴自棄になり彼らをシャットアウトしてしまった。
そんな心を閉ざしてしまったカジモドを見たガーゴイルたちの行動がとても哀しいのですよ…。
「いいよ、カジモド。好きにしなさい。どうせ私たち石だものね。信じてたのに、君は強いと」
彼らはやるせない気持ちを一言一言語りながら、やがて言葉を語らない存在となっていく。ガーゴイル役のアンサンブルさんたちが一人一人グレーのローブを脱いで”民衆”の姿となってカジモドの傍から去っていく演出がとても印象深いです。
いつも自分を支えてくれた”友人”たちを失ったカジモドは、さらに孤独の殻へと閉じこもろうとする。血を吐くような想いで「石になったほうがマシだ」と叫び歌いますが、その心は全く吹っ切れてなくて、むしろかえって自分自身の心を痛めつけてるように見えるのです。初めての感情に翻弄され壊れていくカジモドの姿は痛々しすぎて胸が張り裂けそうになる…(涙)。
それでも彼は怒りや嫉妬や絶望の気持ちと向き合おうとしているようにも見えるんですよね。たとえ結ばれなかった恋愛であっても、エスメラルダに対する純粋な想いはどうあっても消えない。彼女のために自分が為せることは何なのかを、混乱の中で必死に探り当てようともがいているようにも見えてグッとくるものがありました。
エスメラルダの処刑の時間が訪れる時、フロローは最後の最後まで彼女に対する欲望を剝き出しにする。しかしたとえ命を失おうと自らの意志を貫いたエスメラルダ。その姿は崇高で気高く、フロローの邪な欲望がさらに浮き彫りになっているように見えました。
彼女の足元に炎が上がった瞬間、悶々と葛藤していたカジモドはそのすべてを焼き切ったかのように自らの意志で行動を起こす。その瞬間を待っていたかのようにガーゴイルたちが加勢しにやってくるシーンはとても感動的です。
エスメラルダの次に処刑される予定だったフィーバスはある人物の助けを受け町に繰り出し、民衆に高らかと世の矛盾を説き彼らを鼓舞していく。この時のフィーバスは超絶カッコいいので必見。
フィナーレ
エスメラルダが炎によって処刑される瞬間からの顛末はとても切なくて筆舌に尽くしがたいものがあります…。ここがアニメ映画との大きな違いになるのかもしれない。
結論から言えば、物語の最後には悲劇的結末が待っています。救いを感じられるシーンはほとんどない。あえて言うならば、カジモドとエスメラルダの本当の”最期”くらいかなぁ、ほんの少しの希望と呼べる場面は。
最後のシーンで特に印象深いのは、すべてが終わったときにカジモドがフィーバスに語る言葉。
「僕の愛した人たちはみんな横たわっている」
カジモドは「愛した人」ではなく「愛した人たち」と告げます。一人はエスメラルダであることは疑いようもないのですが、もう一人はどう考えてもフロローなんですよね。フロローはカジモドを長年支配下に置いて彼を見下していた人物でもありました。普通に考えたら、最後にその正体を見破ったカジモドが彼を悼むことに矛盾を感じてしまう。
だけど、結局、カジモドはエスメラルダと出会うまではどんな形であれフロローに養育されていたんですよね。その事実は変わらない。後にフロローの本性を見抜いたものの、彼が消えたからと言ってカジモドの気持ちが報われたかと言えばそうではないのだろうなと…。憎みきることがどうしてもできなかったのかもしれないと思うと、なおさらカジモドの哀しみが胸に迫るようで本当に切ないです(涙)。
物語の全てを演じ終えた人々は客席に「答えてほしい謎がある。人間と怪物、どこに違いがあるのだろう」と問いかける。人間とは実に複雑な生き物で、ちょっとしたきっかけで”怪物”に変わってしまう人もいる。”怪物”とは見た目ではなく”心”の隙を狙ってくる魔物なのではないだろうか。
今回も様々な感情が揺さぶられた『ノートルダムの鐘』でした。
主なキャスト別感想
カジモド:寺元 健一郎くん
久しぶりに寺元くんのカジモドを見ましたが、またさらに”ピュア”度が増したなぁという印象です。色々な感情に染まりやすい柔らかさがあって、エスメラルダと対峙するシーンは特にけなげで一生懸命な愛らしさが印象的でした。彼女にだけ見せるふにゃっとした笑顔も可愛かった!エスメラルダへの感情が憧れから儚い恋へと移り行くお芝居も繊細でとても良かったです。
フロローに対してはかなり後半まで彼のことを頼りにしている雰囲気がありました。芝フロローがめっちゃ怖かったこともあり終始怯えた感じではありましたが、必死にその理想に近づこうとする健気さもあって切なかったです。それだけにクライマックスで裏切られたと悟った後の絶望感がより強く迫ってきました。このあたりのメリハリの効いたお芝居も素晴らしかったと思います。
フロロー:芝清道さん
これまで何度か芝さんのフロローを見てきましたが、今回ほど恐ろしいと感じたことはなかったかも!!そう感じてしまうほどの狂気がダダ洩れまくっていて何度も背筋凍りましたよ(←いい意味で)。本当に目が離せなかった。
今回の芝フロローは徹底して欲に飲み込まれてしまった”邪な人”を貫いていた印象が強い。カジモドに対しても柔らかな感情を見つけ出すことができませんでしたからね。表向き優しい言葉を向けても(「すまん、笑ったりして」など)目が笑ってないんですよ。常に見下してる感が強い。庇護者というよりも支配者です。
その片鱗は弟のジェアンと一緒に教会に保護されるあたりからもう見え始めていて。ジェアンを愛してはいたけれど、その気持ちは彼を「教え導く」といった上から目線の感情がとても強い。とにかく、”正しいのは自分自身”という感情が強烈に出ていましたね。
それゆえ、エスメラルダに対しての感情がさらにあらぬ方向へと暴走してしまったのかなという説得力がありました。芝フロローがエスメラルダに向けたのは”歪んだ愛”というよりも”邪な独占欲”といった感じ。最期の瞬間までホラーすぎるフロローだったと思います。人間の脆さがそのお芝居から痛々しいほど伝わってきましたよ。さすが芝さんだなと。
エスメラルダ:宮田愛さん
私、宮田さんのエスメラルダが大好きなんですよね。今回もタンバリンの踊りシーンから魅了されまくりでした。キレのある動きにしなやかさと優雅さが兼ね備わってるあのダンスには誰もが虜になること間違いなし!といった説得力があります。とにかく女性としても憧れるカッコ良さがあって一気に惹きつけられました。
カジモドに向ける感情はとても柔らかくて女性的優しさに満ち溢れています。誰からも理解されない孤独や寂しさを知っているからこそカジに寄り添い共感するといった感情も十分伝わってくる。二人が共鳴する♪世界の頂上で♪のナンバーはグッときまくって涙が出ました。
フィーバスに向けるエスメラルダの感情は、やはりカジモドとは違う”恋愛”だなと。最初は警戒心を抱いていたけれど、フィーバスの明るさのなかにも影を秘めた雰囲気に彼女自身どうしようもなく惹かれたんじゃないかなと思いながら見ました。牢獄で二人寄り添いながら愛を全うしようと彼に縋る宮田エスメラルダの姿に泣いた…。
そしてフロローに対しては終始毅然としてましたね。一度は意見の一致があったものの、彼の目に宿る邪な感情に気づいていて最初から一定の距離感は保っていた感じ。芝フロローがいい感じに狂いまくっていたので、そんな彼から必死に逃れようとする宮田エスメラルダのシーンは緊迫したホラーのように見えました。
フィーバス:佐久間仁くん
久しぶりに佐久間君のフィーバスを見ましたが、感情表現にまた一段と磨きがかかっていて見応え充分だったと思います。登場した時の華やかさや大胆さも艶やかで男前でめっちゃカッコいいのですが、「戦場」を思い浮かべる時の彼の暗い苦悩に満ちた表情もグッとくるものがありました。あの繊細な芝居があってこそ、さらにフィーバスというキャラクターが輝いて見えたんじゃないかなと思います。
コミカルな表情をちょいちょい見せるのも可愛らしかった。いかがわしい宿を尋問しに行ったときにマダムからツッコミ入れられて「あ、いや、それは・・・」といった感じにキュゥ~ンとなっちゃうのなんか超萌えた(笑)。その前のエスメラルダのタンバリンをフロローに言われて拾ったはいいけどどうすればいいのか分からなくてアタフタしてるのも最高w。
クライマックスで開放されたときに民衆に語り掛ける場面はカッコ良さの極致!!必見です。
クロパン:白石拓也くん
白石くんのクロパンは京都以来ですが、掴みどころのないアクの強さが以前よりも増していて見応えがありました。歌声もキャラクターに合ってる。個人的には、奇跡御殿を知られてしまい逃げなければならなくなった時に、がっくりと膝を落して「今度こそ長くいられると思っていたのに」と悔しがるシーンが印象的でした。クロパンの無念さがストレートに伝わるお芝居でとても良かったと思います。
欲を言うなら、もう一味怪しさが加わればさらに面白くなるんじゃないかなと感じました。
後述
カーテンコール、キャストの皆さんはクワイヤとカジモド役を除いてみんな顔に「カジモド」と同じ黒い墨を塗った状態で登場します。この最後の演出がものすごく胸に迫るものがあるんですよ。なので、最初のカテコを見るとまだその余韻が残っていて涙が収まらなかったりします(泣)。
劇団四季のカーテンコールはやはりほかの演劇よりも長め。今回は8回くらいあったかと思います(終演時間+6分くらい)。
カテコで一番張り切ってたのは芝さんだったかな。まるで運動会の駆け足のようにシャキシャキと走って出てこられてて、あの狂気のフロローを演じられてた方とは思えない愛らしさ全開でございました(笑)。最後の8回目くらいのカテコの時に、カジモド役の寺元くんと腕を組んで見つめ合いながら最後は熱いハグ、といったパフォーマンスがありました。客席は、こういうリアクションが見たくて拍手してるっていうのもあるんだろうなとww。できればこのパフォーマンスをもう少し早めに出していただきたいかも(ソワレだと電車の時間とかもあるからね 汗)。
『ノートルダムの鐘』大阪公演は来年(2027年)2月までです。本当は大阪はこの1回のみの予定なのですが、少し余裕ができたら再遠征するかも!?まぁ、関東では来年横浜公演が決まっているんですけどね。
ちなみに大阪はノートルダムの後にアナ雪が始まるそうで、また盛り上がるんじゃないかなと思います。









